明治、一目惚れの軍人に溺愛されて
「用事は終わりましたか。」

桐島中尉が穏やかに声を掛けてきた。

「はい。」

短く答えると、彼は一歩近づき、少し迷うような表情を浮かべる。

「よろしければ、家までお送りしましょうか。」

「いいえ……一人で帰れますから。」

思わず首を横に振った。

母から頼まれたお使いに付き添われるなんて、恥ずかしくて仕方がない。

けれど、その瞬間。

桐島中尉はふっと表情を変え、帽子を目深にかぶった。

「……もう少しだけでも、一緒にいられないでしょうか。」

ドキッとした。

低く落ち着いた声なのに、胸の奥を揺さぶるように響いてくる。

本当は――言いたかった。

会いたかったと。

会って、話がしたかったと。

唇が乾いて、返事がうまく出てこない。

ただ頷きそうになる自分を必死で抑えながら、それでも視線は彼から離せなかった。
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