明治、一目惚れの軍人に溺愛されて
すると桐島中尉は、にっこりと笑った。

「申し訳ありません。本日は軍に帰還しなければならないもので。」

その言葉はきっぱりとしていながらも柔らかく、場を和ませる響きを持っていた。

「いや、それならいいんです。」

父もにこやかに応じ、無理を言ったことを引き下がる。

「私もこの呉服屋さんにはよく世話になっているのです。またお会いできたらいいですね。」

そう言って父は、桐島中尉としっかり握手を交わした。

軍服の袖口からのぞく大きな手と、その落ち着いた微笑み。

――軍人という存在はもっと堅く、冷たいものだと思っていた。

けれど、この人は違う。

私はただ黙ってその光景を見つめながら、胸の鼓動が速まるのを止められなかった。

名前も顔も声も、そして今見た笑顔さえも、心に深く刻み込まれていく。

――この人が、私の運命を変えるのかもしれない。
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