明治、一目惚れの軍人に溺愛されて
全身が震え出した。

――志郎さんにも、結婚の話が来ている。

「そ、そんな……」

声が震え、手に持った湯呑みが小さく揺れる。

女将さんはため息をつき、私の肩にそっと手を置いた。

「若いお二人の気持ちは分かるけれど、現実は厳しいものなの。」

私は言葉を失い、ただ志郎さんの寝顔を見つめた。

彼の穏やかな表情が、かえって胸を締めつける。

――私を「見合いを断れ」と抱きしめた人に、他のご令嬢との縁談が持ち上がっているなんて。

涙が滲み、喉の奥が詰まった。

その時だった。

布団の中で身じろぎした志郎さんが、眠そうに目を擦って起き上がった。

「ああ、女将……いたのか。」

かすれた声でそう言うと、女将さんはクスッと笑い、腰を上げた。

「激しいのも、ほどほどにしておいてくださいよ。」

軽口を叩きながら、志郎さんの背中をぽんと叩く。
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