「明治大正ロマンス ~知らない間に旦那様が変わっていました~」
「食事はまたにいたしましょう。
 今は、晃太郎様とちゃんと話すことが大事ですわ」

 ――大事なのは、ここ一、二年食べてなかったビーフシチューを食べることですよっ。

 珠子の目がテーブルの上にあった炭酸水の入ったキュウリ型の瓶を見る。

 山内がそれに気づいて、ビクリとしていた。

 珠子は心の中で、なんてつかんで殴るのにちょうどよさそうな瓶だ、と思っていた。

 そういえば、新聞の読み物でも、乱闘シーンでは、この瓶をつかんでいる。

 今で言う、二時間サスペンスの灰皿だ。

「お、お嬢様。
 帰りましょうっ」
と山内が焦る。

 彼も、その読み物を読んでいたのかもしれない。

 だが、自分の身がピンチになっていることに気づいていない善子はまだ粘る。

「さあ、行きましょうっ、晃太郎様っ。
 お妾さんもっ」

 山内が、ひっという顔をした。

 こんなところで、お妾さんとか叫んだからだろう。

 しかも、今日の珠子は女学生のような格好をしている。

 晃太郎の立場を思い、山内は焦っているようだった。

 だが、次の瞬間、彼はまた息を呑む。
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