忌み子の私に白馬の王子様は現れませんでしたが、代わりに無法者は攫いにきました。

間章 兎の教え 治療魔法

 傭兵団の拠点はいつも賑やかだ。

 旅館みたいな建物の中庭では子供たちが遊んで笑い声を上げている。私は自室の中からその光景を眺めていた。ヴィシャスは外の任務で不在。魔痕持ちとして生まれ忌み嫌われた宿る私だけど、最近は皆の支えで、少しずつ自分を受け入れられるようになってきていた。

 枕元に置いたウサギのぬいぐるみの頭を撫でる。この部屋は拠点で与えられた私の部屋だ。同じ部屋でも牢の中とは雲泥の差。何より出入り自由だった。

 きっと私はここでの生活を自分の居場所として受け入れ始めている。……そんな気持ちにさせてくれた皆に報える自分になりたい。日に日に想いが強くなる。とはいえ、私にできることなんてそうはないのだけれど…。

 コンコンッ
 部屋のドアがノックされた。

「ヴェルゼリア、ちょっといいかのう?」 
「あ……はーい。今開けます」

 ドアを開けるとふわふわの兎耳を揺らしたラビィルさんが立っていた。先代ボスで今は団の知恵袋のような存在。もこもこの毛並みが可愛らしく、いつも優しい笑みを浮かべているけど傭兵団の実力者なのだ。ヴィシャスよりもよっぽどボスの器に見える。

 以前、何故まだ年若いヴィシャスにボスを譲ったのか聞いたことがあった。いわく、『赤竜覇団』は始めからヴィシャスをボスとするため創設されたものらしい。ラビィルさんが組織の土台をつくり、ある程度の年齢でヴィシャスに傭兵団首領の地位を引き継がせたのだ。ここで暮らす内にわかってきたのだが……彼は首領として人望を集める傍ら、皆の弟として可愛がられている側面もある。傭兵団の古参はため口であることも多い。

 それはともかく今日は何の用だろう?

「ラビィルさん、どうしたんですか?」

「ふむ、今日はおぬしに少し特別なことを教えようと思ってのう。書斎に来なさい」

 手招きされる。書斎? 拠点の奥、彼女の私室のような部屋。そこは本が積まれ、魔導書や古い巻物が並んでいると聞いたことがある。彼女以外が立ち入っている所はみたことがない。少しドキドキする。

「は、はい……」

 私は頷きラビィルさんの後を追う。中庭の喧噪が遠ざかり静かな廊下を歩く。足音が響き、窓から差し込む陽光が優しく私たちを照らす。ラビィルさんの兎尾が、ぴょんぴょん揺れて可愛い。彼女からは私を見守る母親のような温かさを感じてくすぐったくなる。
 書斎に到着し扉を開けると本の匂いが漂ってくる。棚にぎっしり詰まった本、古いランプの柔らかな光。中央のテーブルに、魔導書が広げられていた。

「さあ、座りなさい。ごほん、実は今日は治癒魔法を教えようと思っておるんじゃ」

 ラビィルさんが椅子を引き私を座らせる。 私は驚いて目を丸くする。治癒魔法?私が?

「しばらく観察しておったことがヌシに荒事は向いておらん。皆を癒す方が性質にあっておる。見た所、魔力があるから簡易な魔法であればすぐに使えるようになるはずじゃ」

 ラビィルさんの言う通り私にヴィシャスやガルフみたいな戦闘はできそうにない。

「…………もし、私に治癒魔法が使えるのであれば…できるようになりたいです……もっと皆の役に立てるように」
 未だ、魔痕の力が目覚める気配もないのだ。他にできることを増やしたい。
 ラビィルさんが微笑み、兎耳をピクピクさせる。

「うむ!やる気は十分のようじゃな。今日はわしの教えを授けよう」
 本棚から古びた一冊の書籍を手に取った。
 彼女がテーブルに手を置き、古い書物をめくる。ページには、淡い緑の光の図像と古語の記載。

 「治癒魔法は、ただ傷を塞ぐだけではない。心の痛みをも癒すものじゃ。ヌシ自身の心もな……まずは、魔力を集中させる方法から教えよう」

 ラビィルさんが私の手を取り、掌を上に向ける。彼女の体温が伝わり温かい。心が少し落ち着く。

「目を閉じて息を整えなさい。魔力を体の中から集めるイメージじゃ」
 私は従い、目を閉じる。深呼吸をし、集中すると胸の奥から温かな光を感じる。

「そうじゃ。次に魔力を流してみなさい」

 優しく導かれる。私は集中し掌から緑の光が溢れる。淡い輝きが、私とラビィルさんを包む。

「ふむ、良いぞ。もっと細かく。出力を安定させよ」

 柔らかい光に包まれ心が安らぐ。魔力が体を巡り疲れがあるけど達成感があった。

「あぁ……」
 喜びが胸に広がる。

「おぬしは良い娘じゃ。忌み子ではない。治癒魔法が使えるようになれば仲間だけでなくヌシの傷ついた心も癒されることじゃろう」
 頷くと私の頭を撫でてくれた。

 「ラビィルさん。私……」

 私は微笑むと彼女が兎耳を傾ける。

 「ふふ、おぬしのような娘がいて、わしは嬉しいのう。ヴィシャスも、幸せ者じゃ」



 夕暮れ近くまで教えは続いた。

 「今日はここまでじゃ。ワシがいない時も毎日練習しなさい」

 ラビィルさんが本を閉じる。私は立ち上がり、感謝の言葉を。

 「本当に、ありがとうございました。……私頑張ります」
 心が軽い。治癒魔法の力が、私にもできることがあることが自信を与えてくれていた。
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