忌み子の私に白馬の王子様は現れませんでしたが、代わりに無法者は攫いにきました。

幕間 シチュー ②

 アジトの裏門を抜けるとすぐに木々が広がっている。幻術魔法もさることながらこうした自然を隠れ蓑にしてアジトは存在しているのだ。地面の土は柔らかく足跡が残りやすい。陽光が葉の隙間から差し込み木の上では小鳥がピィピィとさえずっていた。

 空気は清々しく、土の匂いと木々の香りを楽しみながら、手にはスコップが入っている蔦で編まれたバスケットを持ちながら私は歩き始める。

「~~~♪」

 気分が良い。アジトで皆との暮らしは楽しくもあったが、一人で過ごす時間も好きだ。思えば牢の中ではずっと一人だった。だからこうした一人きりの時間が落ち着くのかもしれない。
 まあ、それを言うならこうして陽光の下、外を出歩くことはまだ少し怖さも感じる。でも、自由に出歩けるワクワク感も同時に与えてくれていた。

 おっと、今日の目的であるキノコを探さないと。歩く速度を緩めて付近を観察しながら進む。

「っ」
 飛び出ていた根っこに躓き危うく転びそうになった。
 危ない、危ない、誰にも見られてなくてよかった。
道は緩やかな坂になっているけど木の根が張り出して足を取られやすいから気をつけないと。

時折、小動物の影が横切る。動物がいるということは食べ物もあるということだ。キノコも周辺にある可能性が高い。湿った土の近くに生えるとガルフから聞いた情報を元に木の根元や、倒木の周りを探した。

「ない……ない………な………あ!」
 薄い黄色の傘がチラリと視界に入った。急いで近寄るとやはり探していたキノコのようだ。メモしてきた図鑑の特徴とも一致している。

「よかった……」
無事に見つけられた喜びが胸に広がる。バスケットを地面に置き、スコップでキノコを傷つけないよう掘っていく。………採れた!
1個だけでは足りないため、その後も近くを散策しバスケットの中にいくつか入れることができた。

「もう……充分でしょ」
 スカートについてしまった土を払い落とし立ち上がる。

 ヴィシャス、喜んでくれるかな。このキノコを作ってシチューを作って温かく迎えよう。
太陽を見ると意外に時間が経過していた。まだ、明るい時間帯だけど出かける時は真上にあった太陽が傾いてきている。それに……気が付かないうちに山の奥まで入っていたみたい。

………帰ろう。バスケットを手に来た道を戻る。風が枝を揺らし、来るときは何も思わなかった光景が少し不気味に思えてきた。

「…………別に危険な動物はいないって聞いてるし」
 自分で自分を勇気づけ足を速めた。森の静けさが、だんだん気になり始める。鳥の鳴き声って少ない気もする。こんなに山の中って静かだったかしら。

 何か違う気配を感じてふと、足が止まる。ガサガサ……。茂みから、物音が響いていた。

「…………」

 心臓の鼓動が早鐘のように鳴り体が固まって動けない。息も荒くなっていた。

「大丈夫、大丈夫………リスとか、小動物に決まってる………」
 ガサガサ……音が近づいてきている。

 茂みが揺れ、何かが姿を現そうとしていた。体が震える。逃げたいのに、足がすくむ。

「あ、あ………」
 そして、物音の主が姿を見せた。


「よっ!」
揃えた二本の指を立てて着崩した服に赤い瞳のいい笑顔の男。

「え?ヴィ、ヴィシャス……?」

 任務から帰ってくるのは夕方のはずじゃ?頭に疑問符が浮かぶ。

「へへっ。思ってたより早くアジトについたもんでな。あんたが食材探しに出かけたって聞いからせっかくだし迎えに来たんだ」
 低く笑い茂みから出てくる。

「~~~~~~っ」
 私はポカポカと彼の肩を叩く。こっちは本気で怯えたんだから!

「お~お~何すんだよ。じゃれてんのか?」

 ヴィシャスは全く動じることなくヘラヘラと笑っている。全く効いている気配はない。

「んで、何か見つけたか?」

 バスケットの中を覗き込んでくる。肉厚のキノコがいくつか入っているのを見て、牙を見せて笑った。

「おっ、ピニオン茸か!オレぁ好きだぜ」
「…………シチュー作ろうと思って」

 あなたのために、とは恥ずかしくて言えない。いやどの道、食事当番だったし、皆の分もあるからヴィシャスのためだけというわけではない。だから別に言うほどのことでもないのだ。うん。

「へぇ!そいつぁ楽しみだな。帰ってきた甲斐があるってもんだ。帰り道はオレが護衛してやるよ。一緒に帰ろうぜ」

 手が差し出される。

「…………」

 私は自分の手を出そうとピクリと動いて、また戻る。
 鉱山町の時は普通に繋げたけどアレは緊急事態だったから。
 こんな時に手を繋げばまるで私と彼が恋人同士ではないか。いや傭兵団の皆にとっては半ばそうなっているような認識だし、でも私はプロポーズにOKなんて出してないし。だけどせっかく迎えに来てくれたのに断るのも失礼では?

 ……もし本当に特別な関係になったとして、距離が近づくことでガッカリされたりして。後で失う可能性があるなら最初から何もない方が傷つかないんじゃないかな?

思い出して私、ヴェルゼリア・コンスタンサにとって幸福は遠い位置にあるものでしょう。
 頭の中がグルグルと回って答えが見つからない。

「うーん、まだ早ぇか」
「あ」
 ヴィシャスが差し出していた手を降ろす。とても悪いことをしてしまった気がして私は俯いて顔を上げれない。

「じゃあ今日の所はこうしよう」
 持っていたキノコが入っていたバスケットが軽くなった。

「一緒にカゴを持って帰ろう!カカッ!これくらいなら大丈夫だろ?」
 持ち手の端をヴィシャスが握っていた。

「…………」
 コクン、と頷く。
「よっしゃ!」

 私とヴィシャスは2人で一つのバスケットを持って歩き出す。私よりも身長が高く体格も立派な彼はそれとなく歩幅を合わしてくれている。

 歩く度に2人に挟まれたバスケットは楽し気に揺れているのだった。

「シチュー楽しみにしてるぜ」
「……うんっ」

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