第二作★血文字の囁き★

 ② 第一部 ― 調査の開始

 地方紙の記者・相沢は、早朝から鳴り響いた電話で目を覚ました。
 編集部のデスクからだった。

 「おい相沢、聞いたか。例の神谷家の廃屋で、また血文字が出たそうだ」

 二十年前、神谷家一家が忽然と姿を消した事件。
 捜索の末に見つかったのは、壁に残された「ゆるして」の血文字だけ。
 結局遺体は見つからず、事件は迷宮入りした。
 その“残響”が今になって再び現れたという。

 相沢は取材ノートを手に、山間の村へ向かった。
 廃屋にはすでに規制線が張られ、警察と報道陣、そして物見高い村人たちが集まっている。
 少年たちが見つけたという血文字はまだ生々しく、鑑識がサンプルを採取していた。

 「二十年前と同じ言葉だな……」
 現場の警官が呟くのが耳に入る。

 相沢はまず、当時を知る村人に話を聞いた。
 白髪の老婆は、記者の問いにおびえたように首を振った。

 「神谷さんのことは……もう思い出したくないよ。あの家に近づくと、誰でも“声”を聞くんだ。
 『ごめんなさい』とか『ゆるして』とか……。わたしも、一度聞いたんだよ」

 次に訪ねたのは、二十年前に事件を担当した元駐在・高梨だった。
 古びた自宅で煙草をふかしながら、彼は渋い顔で語る。

 「血文字なんて、ただの見せかけさ。いたずらか、誰かの狂言だろう。
 だが一家が消えたのは事実だ。骨のひとかけらすら見つかっちゃいない」

 相沢は違和感を覚えた。
 もし血文字が“いたずら”なら、なぜ二十年経っても誰も名乗り出ず、今また新しく現れたのか。

 その夜、相沢は廃屋を再訪した。
 昼間は立入禁止だったが、どうしても現場を自分の目で確かめたかった。
 懐中電灯の光に浮かび上がる血文字。壁ににじむ赤は、まだ乾ききっていなかった。

 相沢の胸に、奇妙な直感が走った。
 ――この血文字は、ただの残骸じゃない。
 いまも“誰か”が書き続けている。
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