第二作★血文字の囁き★
③ 第二部 ― 疑心暗鬼
相沢が村に滞在して三日後、奇妙な事件が起きた。
元駐在・高梨が自宅で首を吊ったのだ。遺書はなく、床の上には赤黒いしみが広がっていた。
そのしみは、にじむようにして文字を形作っていた。
「ゆるして」
相沢の背筋に冷たいものが走った。
――あの血文字が、また。
翌日には、かつて神谷家と親しかった男が田んぼで変死した。
泥の中に倒れた彼の背後、あぜ道の土壁には、乾きかけた指跡でこう刻まれていた。
「ごめんなさい」
村には不穏な空気が漂い、誰もが口を閉ざした。
「あれは呪いだ」「神谷の娘の祟りだ」……そんな声がささやかれ始める。
だが相沢は信じなかった。
――血文字は、誰かが意図的に残している。
そう考えなければ説明がつかない。
しかし、血文字はさらに変化を見せた。
ある夜、廃屋の壁一面に大きく刻まれた新しい文。
「ほんとうのはんにんは」
そこまで書かれて、途切れていた。
まるで、書いた者が邪魔されたかのように。
「……本当に“誰か”が書いている?」
相沢は疑心暗鬼に陥った。
元駐在か、村人か、それとも――自分の周囲の誰か。
取材相手の視線ひとつひとつが、不気味に思えてならなかった。
その夜、相沢の宿泊している旅館の部屋の窓ガラスに、赤黒い指跡が浮かんでいた。
「しってる」
たった三文字。
相沢は震える手でノートを閉じた。
――血文字は、彼をも狙っている。