クールな上司の〝かわいい〟秘密 ――恋が苦手なふたりは互いの気持ちに気づけない
「久しぶり、田辺(たなべ)さん」

 彼女は私と同期入社の社員だ。私と同時期に店長になり、彼女はその後人事に関わりたいと言う希望を通して本部へ異動。新卒社員の育成をする部署で働きながら、三年前に同じく本部で働いていた今の旦那さんと授かり婚をしていた。
 まるで、私の描いていた未来予想図をそのまま歩いているような女性だ。

「不動さんはまだバリバリ現場で働いているんだなって、売場見て思ったよ。すごいなあ、現場からこうやって店舗改変までできちゃうんだもん」
「そう? ありがとう」

 私は笑顔でそう答えたが、胸の内を複雑な感情が襲った。

(バリバリ現場、か。確かに、そうだよね)

 本部へ行きたい。この売場改変は、そのための一歩だった。
 だが、最近悩んでいることがある。私は本当に、本部へ行きたいのだろうか。現場で店長を続ける方が、私らしいのではないか、と。

 接客中にそんな複雑な胸の内を悟らせてはいけない。私は心の内を隠すように笑みを浮かべ、しゃがんで彼女のお子さんに風船を手渡した。

「はい、どうぞ」

 するとすかさず、彼女の声が降ってくる。

「ありがとうは?」
「あいあとー」

 男の子はそう言うと、にこっと私に笑みを向けてくれた。

 まるで、絵に描いたような幸せな家族。私もこんなふうになりたかったんだよなと思うと同時に、先ほどの悩みが再び湧き上がってきてしまった。
 本部へ行きたい一番の原点。幼い頃の思い出が、胸に蘇ったのだ。

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