クールな上司の〝かわいい〟秘密 ――恋が苦手なふたりは互いの気持ちに気づけない
(久しぶりのドジ! それにこの顔、やっぱりかわいい……)

 内心悶えてしまったが、先ほどまでの彼の様子を思い出し、浮かれていてはいけないと気持ちを胸にしまい込む。

 私は自分を取り繕い、冷静に彼に声を掛けた。

「大丈夫ですか?」
「ああ」

 タクシーに乗り込んだ彼は、おでこに手を当てている。私はそのおでこに目を向けたが、彼はふいっと顔を窓の方へと背けてしまった。

(これ以上は、なにも触れない方がスマートだよね。きっと、彼も触れられたくないだろうし)

 心の内を悟られないように。彼の前でも、礼節を保てるように。そう思いながら、私も反対の窓の外を眺めた。

 しんとしたまま進むタクシーは、やがて私の家の前で停まった。降りたのは、私ひとりだ。
 本当はもう少し一緒にいたい。そう思うけれど、そんなこと言えない。
 浮かれているのは私だけのようだし、今日仕事だった私に気を遣ってくれているのだろう。

「お疲れさまでした」
「ああ、おやすみ……里咲」

 不意打ちの名前呼びに、胸が壊れそうなほど大きく高鳴る。だが私がなにも言えないうちに、タクシーは表情の変わらない彼を乗せたまま行ってしまった。

 嬉しいような、寂しいような。複雑な気持ちを抱えたまま、私は自宅へと戻った。

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