クールな上司の〝かわいい〟秘密 ――恋が苦手なふたりは互いの気持ちに気づけない
「大丈夫ですか?」

 顔面を大きな手で押さえたままの彼に、そっと聞く。

「すまない、お手洗いに行ってくる」

 彼はそう言い、そそくさと席を立った。そんな彼の頬は、ほんのり染まっている。

(やっぱり、かわいい)

 お手洗いへと向かう彼の後ろ姿を見ながら、私の脳内には昨日の彼のドジが再生されていた。
 鼓動がトクトクと速まるのを感じながら、思わずにんまりしてしまう。

 だがすぐに初恋の失恋を思い出し、胸がきゅっと苦しくなった。たこわさを箸でつつきながら、苦い思い出が蘇る――。

『〝かわいい〟か。俺、お前に男として見られてないんだな』

 高校時代、初めて好きになった人に言われた言葉がそれだった。彼とはふたりきりで会うこともあったから、なんとなくこのままお付き合いするのだろうと思っていた。
 恋人には、甘えてもいい。ベタベタ甘え合う友人カップルを見てそういうふうに思っていたから、彼には包み隠さない素の自分で接していた。

 だけど、この恋は彼のその言葉とともに終わってしまった。
 母性をくすぐる。かっこよさとのギャップがいい。そんなことを言う余裕は、私にはなかったのだ。

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