クールな上司の〝かわいい〟秘密 ――恋が苦手なふたりは互いの気持ちに気づけない
『俺、お前のこといいなと思ってたんだけど』

 苦笑いを浮かべながらそう言った彼は翌日、私の友人とお付き合いを始めた。たまに寂しそうな視線をこちらに向けながら。
 彼はどういうつもりで私を見ていたのだろう。そんなことをぐるぐる考えては、毎晩ベッドの中で人知れず泣いた。友人が幸せそうな顔で彼氏とのことを話すのを、笑顔を浮かべながらも複雑な気持ちで聞いていた。

 私が感情をうまく出せなくなってしまったのには、ここにも原因がある。素直な気持ちを言葉にすることで、自分が傷つくのが怖いのだ。

(本当の感情は見せてはいけない、悟らせない。特に、異性に『かわいい』は一番の禁句)

 私は自分にそう言い聞かせる。

 智田SVに恋をしているわけではないけれど、彼は大切な仕事のパートナーだ。上司と部下として、やりにくくなるのはどうしても避けたい。

 ひとりでは手の届かないところに、手を届くようチャンスをくれたのが彼だ。そんな尊敬する上司に、『かわいい』など口が裂けても言ってはいけない。

(『かわいい』は胸の内に秘めておこう。もし彼がドジをするようなら、私はそれを〝カバーする〟に徹するべきだよね)

 彼のクールなイメージを壊さぬため、『かわいい』を言わぬため、そうするのが一番いいだろう。
 そう思っていると、店主らしき男性がたこわさの鉢を持ってこちらへやってきた。

< 31 / 206 >

この作品をシェア

pagetop