クールな上司の〝かわいい〟秘密 ――恋が苦手なふたりは互いの気持ちに気づけない
 自らの感情は表に出さないのに、うまく立ち回る。周りをよく見ているし、スタッフたちともよく話している。些細な感謝は必ず伝えているし、雑談から引き出した情報を店舗運営に活用している。
 そんな彼女の行動が、店長としての彼女を引き立てスタッフたちに信頼感を与えているのだと思う。

 自分にはない、彼女の才。彼女の前でなぜか胸が騒ぐのは、憧れや尊敬に似た気持ちだと思っていた。
 だが昨日、事件が起きた。扉の内外開きを間違えたうえ、足元のちょっとした段差に躓いてしまったのだ。

 自分のどうしょうもないドジに動揺し、真っ直ぐに帰る気にならなかった智田はSOUTH RIVERへと向かった。
 この店の店主、茅野(かやの)晃大(こうだい)は智田の高校時代の同級生で、智田の数少ない気の置けない友人だ。

『茉寛、それ恋してるんだよ』

 事の顛末を話すと、彼はカウンターの向こう側でけらけらと笑いながらそう言った。 

『高校時代と今、同じことしてる。自覚あるか?』

 茅野は続けてそう言うと、『懐かしいな』と意地悪な顔をする。智田はいつものクラフトビールを喉に流し込み、ため息をこぼした。
 彼は、智田の初めての恋人との間にあったことを知っている。

『あの時もすっごい慌ててたもんな。しくじった、どうしよう、茅野しか相談できるやつがいない~って泣きついてきて』
『泣いてはいない』

 恥ずかしさについ意地になって否定すると、彼は再びけらけらと笑った。

 親が転勤族で引越ばかりしていた智田にとって、高校時代の最後を過ごしたこの場所は濃い思い出の残る場所だ。失恋という、自分の不得手を実感した苦い経験が色濃く自分の中で残っているからだ。

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