クールな上司の〝かわいい〟秘密 ――恋が苦手なふたりは互いの気持ちに気づけない
(彼女もあの時は動揺しているようだった。あんなドジ、いつもの俺からは想像もつかなかったんだろうな)

 ため息をこぼしかけたが、それではたこわさに失礼だと智田は箸をそれに伸ばした。だが、わさびのぴりりとした辛みが鼻に抜けても、智田の気持ちは晴れない。

『どうしたらいいんだろうな』

 ぽつりとこぼした智田の言葉を、茅野は聞き逃さなかった。

『褒める、立てる、喜ばせる。俺の嫁はこれでいつも喜んでくれるよ。まあ、俺の場合はアプローチしようと思って言うわけじゃなくて、自然に口からこぼれるんだけど』

 茅野はそう言うと、胸を張る。彼は今の奥さんと高校時代から付き合い始めてゴールインし、今も彼女を愛娘とともに溺愛しているのだ。

(結局、惚気かよ)

 智田はそう思ったが、彼の口から次に紡がれたのは意外な言葉だった。

『まあ、一度連れてこいよ。俺が、茉寛に合うかどうか見定めてやる。この店なら、デートにもぴったりだろう?』

 上から目線なのは少々鼻につくが、恋愛音痴の智田にとって妻子を溺愛している茅野ほど心強い相手はいない。

『ああ』

 にやにやとした笑みを浮かべる茅野にそう返事をし、昨日は店を出た。まさかその〝デート〟が、ドジによって巡ってくるとは思いもせずに。

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