クールな上司の〝かわいい〟秘密 ――恋が苦手なふたりは互いの気持ちに気づけない
「無理しないでくださいね。もうすぐ、着くはずですから」

 言いながら、少し残念だと思ってしまった。彼のあどけない寝顔や彼との近すぎる距離は、もうおしまいなのだから。

(残念ってなによ。この距離が普通でしょ?)

 芽生えそうな感情を、慌てて摘み取る。彼は上司だと、自分に言い聞かせる。

「ありがとう」

 彼はそう言うと、口元にそっと笑みを浮かべた。
 車内には、街の明かりがほのかに差し込んでいる。その光に照らされた彼の笑みは艶やかで、再び胸が疼いてしまう。

(こんな気持ち、抱いてはダメ)

 必死にそう心の内で唱えるが、胸を叩く音は速まっていくばかりだ。

 その時、ゆっくりとタクシーが路肩に止まった。扉が開き、運転手が着いた旨を教えてくれる。
 私は安堵した。彼とは、もうここでお別れだ。そう、思ったのに。

「雨か。傘はないから、今はこれを使おう」

 智田SVはそう言うと、ジャケットを脱いで私に差し出してきた。戸惑っていると、彼にタクシーから押し出されるように降ろされる。

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