クールな上司の〝かわいい〟秘密 ――恋が苦手なふたりは互いの気持ちに気づけない
 失言をしただけでない。高校生の頃と同じように、その後なにも言えなかった。

『ギャップ萌えしたんです』
『かわいいところが好きなんです』

 そんなこと、言えるわけがない。こんな気持ちを彼に知られては、仕事に支障が出るかもしれないから。

 彼の傷つく顔を見たくなくて、逃げてきてしまった。私は高校生の頃から、なにも成長できていない。

(アラサーにもなって、なにをやってるんだろう)

 冷たい雨の音が、私のため息をかき消してゆく。
 どうか嫌わないで。どうか、仕事だけは最後まで一緒に。
 そう胸の中で祈りながら、私は雨足の強くなる中、とぼとぼと帰宅した。


 翌日は昨夜の雨が嘘のように晴れていた。
 それでも、私の心は晴れない。靄を残したまま店長業務をこなしていると、彼は今日も打ち合わせの予定時刻ぴったりに店舗にやってきた。

 気まずい気持ちを抱えたまま、智田SVとふたりでミーティングルームに入る。彼はいつも通りのように見えたが、心の内は私と同じだったらしい。
 彼は早々に、私に頭を下げてきたのだ。

 私も舞い上がってしまったのは事実だし、失言で彼を傷つけた。

(大丈夫、彼はもともとこんなに真面目な人。彼となら、仕事はうまくやれるはず)

 そう思い、私も彼に謝罪する。それから、自分も忘れるから水に流そうと伝えた。にもかかわらず、彼は異動をすると申し出てきた。

 それをつい、大きな声で止めてしまった。『それはダメです』なんて、まるで駄々をこねる子どものような言い方で。

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