「捨てられ王妃」と呼ばれていますが私に何かご用でしょうか? ~強欲で身勝手な義母の元には戻りません~
【6】次期王太后、捨てたはずの次期王妃を迎えに来る(6)
「ギ、ギルバート……」
「あなた、何を言って……」
普段の彼からは想像できないほどの激しい剣幕に、アイリスとハリエットは、慌てて止めに入る。
他の皆はすっかり動揺してしまい、椅子から腰を浮かせている。
「ダメよ。殺人だけは……」
なんとかそれだけ言ったアイリスを、ディアドラがぎょっとした顔で振り返った。
ヘーゼルダインが冷たい声で言った。
「命があるうちにお帰りになったほうがよさそうですよ、ネルソン夫人」
「へ、ヘーゼルダイン……」
「お困りごとがあるなら、後ほどご相談ください。ここは……」
ダン! と足を踏み鳴らしたギルバートが、テーブルを回ってつかつかとディアドラに近づいてくる。
ディアドラが身を引いた。
「いつまで居座る気ですか? さっさと出ていってください! 二度とこの家に来るな!」
「ギ、ギルバート、どうどう」
怒りの収まらないギルバートと、なんとかそれを止めようとするアイリスをディアドラは青ざめた顔で凝視している。
ヘーゼルダインが席を立ってきて、ディアドラを促した。
「行きましょうか。彼に殺される前に」
「ひ……っ」
来た時とは裏腹に、すっかり怯えた様子でディアドラは去っていった。
「なんだったんだ、あの女」
フン、と大きな鼻息を吐いて、ギルバートが廊下に続く扉を睨みつける。
ハリエットが困惑交じりに声をかけた。
「あなたこそ、いったいなんだったの……? あんなに怒ったのは、子どもの時以来でしょう?」
「だって、あんなの許せないじゃないですか。アイリスを何だと思ってるんだ、あいつら。都合よく使える道具か何かだと思ってるんじゃないですか」
「まあ、そうなんでしょうけど……」
「絶対に、許せない。僕は、アイリスを……」
「アイリスを?」
「アイリスを……」
ひたりとした沈黙が小食堂を満たした。
「アイリスを……」
ギルバートがゆっくりと視線を動かす。
すぐそばに立っているアイリスを見下ろして、ぼっと火を噴きそうな勢いで顔を赤くした。
「あ、あの、アイリス、その……、ごめん。まだ、君の返事をもらってないのに……」
「返事をもらってないということは、プロポーズはしたのね?」
ハリエットに聞かれてギルバートが滝の汗を流す。
アイリスは思わず笑ってしまった。
「アイリス。僕は……。ほんとに、ごめん」
「謝らないでよ。今、お返事をしてもいい? ギルバート」
「う、うん……」
一同が見守る中、アイリスはギルバートの手を取った。
「喜んで、お受けいたします」
「アイリス! 本当に?」
ギルバートの顔がぱあっと明るくなる。
だが、続くアイリスの言葉を聞くと、しゅっと萎むようにテンションを下げた。
「ええ。だって、ギルバートのことは、ノーイックよりずっと好きだもの」
「え……、ノーイックより……?」
口元が少し引き攣っている。
「どうしたの?」
きょとんとするアイリスに、ちょっと顔を引き攣らせたままのギルバートが慌てて手を振る。
そのまま右手で右の頬を軽く掻いた。
「いや、なんでもない。そうか、ノーイックよりは、好き……か……」
「ええ。これから、どうぞよろしくね」
「うん。こちらこそ……」
バン! とレイモンドがギルバートの肩を叩く。
「よかったな、ギルバート。これからは、僕を兄上と呼んでくれ」
「え、あ、そうか。よろしく、兄上」
「やっぱり、やめてくれ。なんだか気持ち悪い」
「なんだよ、それ」
皆が一斉に笑った。
まだ赤い顔のギルバートと、ちょっとだけ赤くなったアイリスを囲み、ひとしきり歓びと祝福の言葉を交わし合う。
「よかったな、アイリス」
「おめでとう、お姉様」
「ありがとう、レイモンドお兄様、ジャスミン」
グレアム卿とリリー、ハリエットも嬉しそうに互いに顔を見合わせている。
しばらくして、ヘーゼルダインが戻ってきた。
「ちゃんと帰ったか」
グレアム卿が聞き、ヘーゼルダインが頷く。
「ご苦労様。クリスティアン」
「リリー様。先ほど、ギルバート殿下がおっしゃったことは本当ですか? アイリス様が殿下のお妃になられるというのは……」
「お妃というか、ギルバートは王子ではなくなるから、リンドグレーン公爵夫人になるのかしらね。どうやら結婚するのは本当らしいわ」
「そうですか」
ヘーゼルダインは丁寧に祝福の言葉を述べた。
「末永くお幸せにとお祈りいたしております」
「ありがとう、ヘーゼルダイン。あ、私、もう、あならのことはヘーゼルダインさんとか閣下とかって、呼ばなくちゃいけないのよね」
「ヘーゼルダインで構いませんよ、アイリス様」
ヘーゼルダインの口元がかすかにほころぶ。
「氷の宰相」と呼ばれる彼もこういう顔をすることのかと、妙な感慨を覚えた。
「それで、さっきの話の続きなんだけど、ディアドラを助けなきゃいけないとなると、あなたも大変でしょう? そろそろ、グレアムとレイモンドに王宮に戻ってもらおうと思うの」
リリーの話にヘーゼルダインは顎を引く。
「そうしていただけると助かります」
「そうだな。そろそろ戻るか、レイモンド」
「そうですね、父上」
グレアム卿とレイモンドも頷き合っている。
「あそこまでひどい次期国王の姿を見せられたら、父上も僕も、領地でのんびりしているわけにはいきませんからね」
「まったくだ。それにしても、ネルソン夫人があのように礼儀知らずで身勝手な方だったとは、我々の目は節穴だらけだったようだな」
「あの方の高い評価は、なんだったんでしょうね」
「謎すぎるな」
グレアム卿は「せっかく新しい釣り竿を用意させたのに……」と肩を落としている。
レイモンドが呆れたようにその肩を叩いた。
「隠居するのは早すぎますよ、父上」
「まあ、我々が頑張るしかないようだしな。だが、この先、ずっとあの男を国王陛下と呼ぶのかと思うと、ため息が出るな」
ジャスミンが口を挟む。
「しかも、さっきのあの人が王太后よ」
「最悪だな」
レイモンドが大きなため息を吐いた。
「彼らが我が国の国益を損ねなければいいんですけどね」
「あなた、何を言って……」
普段の彼からは想像できないほどの激しい剣幕に、アイリスとハリエットは、慌てて止めに入る。
他の皆はすっかり動揺してしまい、椅子から腰を浮かせている。
「ダメよ。殺人だけは……」
なんとかそれだけ言ったアイリスを、ディアドラがぎょっとした顔で振り返った。
ヘーゼルダインが冷たい声で言った。
「命があるうちにお帰りになったほうがよさそうですよ、ネルソン夫人」
「へ、ヘーゼルダイン……」
「お困りごとがあるなら、後ほどご相談ください。ここは……」
ダン! と足を踏み鳴らしたギルバートが、テーブルを回ってつかつかとディアドラに近づいてくる。
ディアドラが身を引いた。
「いつまで居座る気ですか? さっさと出ていってください! 二度とこの家に来るな!」
「ギ、ギルバート、どうどう」
怒りの収まらないギルバートと、なんとかそれを止めようとするアイリスをディアドラは青ざめた顔で凝視している。
ヘーゼルダインが席を立ってきて、ディアドラを促した。
「行きましょうか。彼に殺される前に」
「ひ……っ」
来た時とは裏腹に、すっかり怯えた様子でディアドラは去っていった。
「なんだったんだ、あの女」
フン、と大きな鼻息を吐いて、ギルバートが廊下に続く扉を睨みつける。
ハリエットが困惑交じりに声をかけた。
「あなたこそ、いったいなんだったの……? あんなに怒ったのは、子どもの時以来でしょう?」
「だって、あんなの許せないじゃないですか。アイリスを何だと思ってるんだ、あいつら。都合よく使える道具か何かだと思ってるんじゃないですか」
「まあ、そうなんでしょうけど……」
「絶対に、許せない。僕は、アイリスを……」
「アイリスを?」
「アイリスを……」
ひたりとした沈黙が小食堂を満たした。
「アイリスを……」
ギルバートがゆっくりと視線を動かす。
すぐそばに立っているアイリスを見下ろして、ぼっと火を噴きそうな勢いで顔を赤くした。
「あ、あの、アイリス、その……、ごめん。まだ、君の返事をもらってないのに……」
「返事をもらってないということは、プロポーズはしたのね?」
ハリエットに聞かれてギルバートが滝の汗を流す。
アイリスは思わず笑ってしまった。
「アイリス。僕は……。ほんとに、ごめん」
「謝らないでよ。今、お返事をしてもいい? ギルバート」
「う、うん……」
一同が見守る中、アイリスはギルバートの手を取った。
「喜んで、お受けいたします」
「アイリス! 本当に?」
ギルバートの顔がぱあっと明るくなる。
だが、続くアイリスの言葉を聞くと、しゅっと萎むようにテンションを下げた。
「ええ。だって、ギルバートのことは、ノーイックよりずっと好きだもの」
「え……、ノーイックより……?」
口元が少し引き攣っている。
「どうしたの?」
きょとんとするアイリスに、ちょっと顔を引き攣らせたままのギルバートが慌てて手を振る。
そのまま右手で右の頬を軽く掻いた。
「いや、なんでもない。そうか、ノーイックよりは、好き……か……」
「ええ。これから、どうぞよろしくね」
「うん。こちらこそ……」
バン! とレイモンドがギルバートの肩を叩く。
「よかったな、ギルバート。これからは、僕を兄上と呼んでくれ」
「え、あ、そうか。よろしく、兄上」
「やっぱり、やめてくれ。なんだか気持ち悪い」
「なんだよ、それ」
皆が一斉に笑った。
まだ赤い顔のギルバートと、ちょっとだけ赤くなったアイリスを囲み、ひとしきり歓びと祝福の言葉を交わし合う。
「よかったな、アイリス」
「おめでとう、お姉様」
「ありがとう、レイモンドお兄様、ジャスミン」
グレアム卿とリリー、ハリエットも嬉しそうに互いに顔を見合わせている。
しばらくして、ヘーゼルダインが戻ってきた。
「ちゃんと帰ったか」
グレアム卿が聞き、ヘーゼルダインが頷く。
「ご苦労様。クリスティアン」
「リリー様。先ほど、ギルバート殿下がおっしゃったことは本当ですか? アイリス様が殿下のお妃になられるというのは……」
「お妃というか、ギルバートは王子ではなくなるから、リンドグレーン公爵夫人になるのかしらね。どうやら結婚するのは本当らしいわ」
「そうですか」
ヘーゼルダインは丁寧に祝福の言葉を述べた。
「末永くお幸せにとお祈りいたしております」
「ありがとう、ヘーゼルダイン。あ、私、もう、あならのことはヘーゼルダインさんとか閣下とかって、呼ばなくちゃいけないのよね」
「ヘーゼルダインで構いませんよ、アイリス様」
ヘーゼルダインの口元がかすかにほころぶ。
「氷の宰相」と呼ばれる彼もこういう顔をすることのかと、妙な感慨を覚えた。
「それで、さっきの話の続きなんだけど、ディアドラを助けなきゃいけないとなると、あなたも大変でしょう? そろそろ、グレアムとレイモンドに王宮に戻ってもらおうと思うの」
リリーの話にヘーゼルダインは顎を引く。
「そうしていただけると助かります」
「そうだな。そろそろ戻るか、レイモンド」
「そうですね、父上」
グレアム卿とレイモンドも頷き合っている。
「あそこまでひどい次期国王の姿を見せられたら、父上も僕も、領地でのんびりしているわけにはいきませんからね」
「まったくだ。それにしても、ネルソン夫人があのように礼儀知らずで身勝手な方だったとは、我々の目は節穴だらけだったようだな」
「あの方の高い評価は、なんだったんでしょうね」
「謎すぎるな」
グレアム卿は「せっかく新しい釣り竿を用意させたのに……」と肩を落としている。
レイモンドが呆れたようにその肩を叩いた。
「隠居するのは早すぎますよ、父上」
「まあ、我々が頑張るしかないようだしな。だが、この先、ずっとあの男を国王陛下と呼ぶのかと思うと、ため息が出るな」
ジャスミンが口を挟む。
「しかも、さっきのあの人が王太后よ」
「最悪だな」
レイモンドが大きなため息を吐いた。
「彼らが我が国の国益を損ねなければいいんですけどね」