桃果の契り 才人妃は皇太子に溺愛されて
「なんか、よく見えないのだけど。」

私が目を細めて呟くと、隣の縁香がすかさず突っ込んでくる。

「もう、小桃は目が悪いの?」

けれど本当にそうなのだ。

人だかりの向こうに見えるのは、背中ばかり。

しかも宦官に囲まれていて、肝心のお顔はまるで見えない。

「もうどれが皇太子様なのよ?」

「だから、あの真ん中の背の高い方よ!」

「えっ?でも顔が……」

私が前に出ようとすると、縁香に押され、逆にふらついてしまった。

「ちょっと押さないでよ、小桃!」

「わ、私じゃないってば!」

そのまま二人して体勢を崩し、ばたりと地面に転がってしまった。

「もう、小桃!」

「ご、ごめんなさい……!」

慌てて立ち上がったけれど、すでに皇太子様の姿は人垣の向こうに遠ざかっていく。

そうなのだ。私たちは“名ばかりの妃”にすぎない。

皇太子様にお仕えする身とはいえ、実際には遠目に背中を見るのがやっと。

お顔を拝見することすら叶わないのだ。

胸の奥に広がったのは、憧れではなく、どうしようもない距離の遠さだった。
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