その優しさに溺れる。〜一線を超えてから、会社の後輩の溺愛が止まらない〜
日が落ちる頃。
詩乃の部屋に着いた湊は、玄関を静かに閉め、リビングへ無言で歩く。
もう、何度も来ているから、それが自然だった。
「あっ、橘くん。お疲れさま。お茶淹れるね」

「……詩乃さん」

名前を呼ばれると同時に、腕が引かれ、身体はそのままソファに沈む。

「……橘くん?」

「ほら、2人きりの時“橘くん”禁止です」

言葉の後に、すぐ唇が重なる。昼間、誰にも見せなかった熱が、指先や息づかいから伝わってくる。

「ずっと我慢してたんですよ。オフィスで普通に話すふりして、指先も髪も視線も……全部、見てました」

シャツのボタンがひとつ、またひとつ外され、鼓動が強くなる。

「…あ…まって…橘くん」

「わざとです?名前、違うって言いましたよね。……詩乃さん」

名前を呼ばれただけで、胸が跳ねる。

「湊、くん」

「よく出来ました」

フワッと、会社では見せない笑顔で微笑まれる。
彼の体温に包まれ、詩乃は目を閉じる。
──わたしたちは、恋人じゃない。
名前のない関係なのに、湊は確かめるように、優しく、時に熱く抱きしめてくる。
わかってる。
距離を取っているのは、自分だ。
一度裏切られた記憶は、簡単には消えないから…。

「……詩乃さん、また上の空になってる」

ハッと目を開けると、真っ直ぐな視線がぶつかる。
心の奥まで見透かすようなその目が、ずるいくらい真剣で。

「……ふふ、ごめんね?」

「この状況で、考えごとなんて余裕ですね?」

頬に触れる手が少し力を帯び、唇を塞がれる。

「ん、はぁっ、湊くん…」

「ねえ、はやく、俺の詩乃さんになって」

本気だとわかるから、踏み込むのが怖い。
それでも、詩乃はその腕を振り払えず、もう一度、自分を抱きしめる熱を受け入れる。
──心のどこかで、その温もりだけは、本物だと信じたくて。
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