不幸を呼ぶ男 Case.3
第五章:完璧な計画(パーフェクト・プラン)
第五章:完璧な計画(パーフェクト・プラン)
【都内・速水創の自宅ペントハウス】
彼の名前は
風間 守(かざま まもる)
速水創の、秘書であり、右腕
戦国、そして江戸の世
この国には、数多の忍者がいた
だが、時代の流れと、戦争の中で
忍びの里は、消え
その、闇の技を受け継いだ者も
おそらく、もう、この世に風間ただ一人
その風間も
数年前までは、一般人として
この、平和な社会に、溶け込んでいた
速水創という、男に出会うまでは
書斎の、高い天井から
東京の夜景が、宝石のように煌めいている
速水は、ブランデーグラスを片手に
その夜景を見下ろしていた
速水:「……風間」
風間:「は」
闇の中から、音もなく、風間が姿を現す
速水:「あの女帝は、辞退する様子がないな」
風間:「……次、いかがなされますか?」
速水の口元に
楽しそうな、笑みが浮かんだ
速水:「雇った殺し屋の方の、坊っちゃんは」
速-水:「早々に、尻尾を巻いてくれて、助かったが」
速水:「……やはり、あの女帝は、そう甘くはないようだ」
風間:「……消しましょうか?」
その言葉には
何の、感情もこもっていなかった
ただ、事実を、述べているだけだった
速水:「いや」
速水:「なるべく、殺すような、無粋な真似はしたくないのだが…」
風間:「……は」
速水:「しばらく、黒川の動向を探れ」
速水:「辞退しないようなら……もう一度」
速水:「我々の『本気』を、見せてやる、必要があるな」
風間:「では、しばらく、黒川皐月を監視」
風間:「辞退の有無を確認し、対応を考えます」
風間は、そう言うと
深々と、頭を下げた
そして、来た時と同じように
音もなく、闇の中へと、消えていった
一人、残された速水は
ブランデーグラスを、月にかざす
【回想 ― テレビ討論の三日前】
速水は
グラスの中の、琥珀色のブランデーを
静かに、見つめていた
そして
背後の闇に立つ、影に、声をかけた
速水:「風間」
速水:「討論番組までの三日間で」
速水:「黒川と大野、あの二人の全てを、調べ上げろ」
速水:「どんな些細な情報でもいい。金の流れ、女関係、家族の秘密……全てだ」
風間:「は」
速水:「そして、討論番組の最中に、黒川へ例のメッセージを送れ」
速-水:「『総裁選を辞退するか、死を選ぶか』とな」
風間は、静かに、頷いた
速水:「……殺し屋への依頼は、私自身がやる」
速水は、初めて、風間の方を、振り返った
速水:(……この、国をひっくり返す、巨大な賭け)
速水:(心から、信頼できるのは、お前だけだ、風間)
風間は、全てを察したように
深々と、頭を下げると
音もなく、闇の中へと、消えていった
【同日・夜 ― 地下のバー】
マスクと帽子、眼鏡で
完全に顔を隠した速水が
一人、あの、地下のバーのドアを開けた
彼は、カウンター席に座る
店主が、客は速水一人なのに
まるで、気づいていないかのように
グラスを、磨き続けている
店主:「……ご注文は?」
速水:「オススメの、カクテルを」
店主:「……でしたら、季節のカクテルは、いかがですかな?」
速水:「血の、味のカクテルを」
店主の目が変わる。
店主:「……VIPルームへ、ご案内致します」
速水は、一人、VIPルームに入る
店主が、黒電話の説明をして、出て行く
速水は、黒電話の受話器を、取った
すぐに、繋がった
あの、感情のない声が、聞こえてくる
『誰を、殺して欲しい?』
速水:「大野勇次郎を、殺してほしい」
速水:「……いや、殺す必要は、ないかもしれん」
速水:「詳しく、話したい」
『……いいだろう』
『明日の夜9時、俺を納得させるだけの金を持って、もう一度、そこに来い』
電話は、一方的に切れた
速水は、静かに受話器を置くと
その口元に
満足げな、笑みを、浮かべていた
計画の、歯車は
この夜から
すでに、静かに、回り始めていたのだ