不幸を呼ぶ男 Case.3
【都内某所・風間のアジト】
風間守は
二日間
一睡もしていなかった
彼の目の前には
数台のモニターが並び
そこに、黒川邸の、あらゆる情報が映し出されている
間取り図
セキュリティ情報
全ての監視カメラの位置
警備員の、巡回ルートと、交代時間
彼は
その、膨大な情報を
ただ、静かに、見つめ続けていた
まるで、複雑な詰将棋を解くかのように
完璧な、たった一つの「正解」を、探して
そして
丸二日が経った頃
彼は、ついに、それを見つけた
完璧なはずの、城に空いた
針の穴ほどの、小さな、隙間を
風間は
音もなく、立ち上がった
そして
任務のための、道具を準備し始める
それは
古来より、忍びに伝わる
「忍者六具」を
現代の技術で、再構築したものだった
鉤縄(かぎなわ)は、高強度のカーボンワイヤーと、小型の射出機に
石筆(せきひつ)は、音もなくガラスを切る、ダイヤモンドカッターに
薬は、あらゆる電子機器を一時的に麻痺させる、小型のEMP(電磁パルス)装置に
彼は
それらの道具を、黒い作戦行動着に身につけると
夜の闇へと、溶けていった
【深夜・黒川邸】
風間は
黒川邸を、遠くから、静かに見つめていた
そして、動いた
彼は、まず、EMP装置を使い
ほんの、0.5秒だけ
屋敷の一部の、監視カメラとセンサーを、麻痺させる
その、瞬きの間に
彼は、塀を乗り越え、敷地内へと侵入した
警備員の、巡回ルートの、死角
監視カメラの、わずかな角度の、死角
その、完璧な安全地帯だけを繋ぎ合わせながら
彼は、まるで、闇に溶け込んだ、煙のように
屋敷の壁まで、たどり着く
彼の目的地は、二階の、書斎
その、小さな窓
彼は、ダイヤモンドカッターで
音もなく、ガラスを円形に切り抜くと
吸盤で、それを取り外した
風間の、しなやかな体が
猫のように、音もなく、書斎の中へと滑り込む
中は、静まり返っていた
主の、気高い香水の匂いが、微かに漂う
彼は、一直線に、デスクへと向かう
そして
懐から、一本のナイフと
白いメッセージカードを取り出した
カードを、ナイフの先端で貫き
それを
デスクの、ど真ん中に
力強く、突き立てた
任務、完了
風間は
来た時と、全く同じルートを辿り
誰にも気づかれることなく
その、完璧な城から、姿を消した
後に残されたのは
主の帰りを待つ、静かな書斎と
その中央で、不気味に存在を主張する
一本の、ナイフだけだった。