不幸を呼ぶ男 Case.3

【昼過ぎ・大野勇次郎邸へ向かう車内】

璃夏が
静かに、車を運転していた
滝沢は、後部座席で、目を閉じている
璃夏:「……なんだか、不思議な感じですね」
滝沢:「……何がだ」
璃夏:「大野さんと、こうして、また会うことになるなんて」
璃夏:「あの時は、本当に、必死でしたから」
彼女の脳裏に
数年前の、あの事件が蘇る
夫に裏切られ
殺し屋に追われ
そして、一度、死んだ、自分
全てが、もう、遠い昔の出来事のようだ
璃夏:「あの時、大野さんの力がなければ」
璃夏:「今の、私は、いませんでしたね」
滝沢:「……貸し借りは、済んでるはずだ」
滝沢:「あの男の、親父を、消してやった」
璃夏:「ふふっ。そうでしたね」
車は
やがて、都内でも、ひときわ格式の高い
高級住宅街へと入っていった

【大野邸】

重厚な、鉄の門の前で
車が、静かに停まった
秘書の高木が、出迎える
高木:「滝沢様、お待ちしておりました」
高木に案内され
二人は、大野邸の、広大なリビングへと通された
高い天井
壁一面の、書棚
そして、大きな窓の向こうには
手入れの行き届いた、日本庭園が広がっている
その、部屋の中央
一人の男が、立っていた
大野勇次郎
その顔には
総裁選を辞退した、あの時の、憔悴した表情はない
完璧な、政治家の、笑顔が浮かんでいた
璃夏は
まず、彼に、深々と頭を下げた
璃夏:「その節は、大変お世話になりました」
璃夏:「大野様のおかげで、今の私がおります」
大野は
その、美しい女性の顔を見て
一瞬、誰だか分からず
「?」という顔をした
だが、すぐに、思い出したようだ
大野:「……ああ。あの時の、滝沢さんの」
大野:「……秘書の」
彼は、それ以上、言葉を続けなかった
目の前の女が、誰なのか
彼が、一番、よく知っているはずだった
自分の父親を殺した、あの殺し屋の、片腕。
そして、滝沢が、父の件を請け負う少し前に、結城洋太という男の依頼で、殺そうとした女。
全ての、始まりの女。
大野は、ソファに座るよう
二人に、手で促した

そして、自らも、その対面に腰を下ろす
完璧な、政治家の笑顔は
すでに、彼の顔から消えていた
大野:「……本題に入る前に」
大野:「あなた方に、まず、全てをお話ししておかなければならない」
滝沢と璃夏は
黙って、彼の言葉を待った
大野は
あの、テレビ討論会の日から起きた
全ての出来事を、語り始めた
大野:「あなた(滝沢)が、私の家に来て、私に銃口を向けた、あの日」
大野:「……実は、ほぼ同じ時間に、黒川皐月の身にも、同じようなことが起きていた」
璃夏は、息を呑んだ
大野:「彼女の場合は、自宅の書斎に、ナイフが突き立てられていたそうだ」
大野:「そこには、あなたが、私に突きつけたのと同じ、『総裁選を辞退するか、死を選ぶか』という、脅迫のメッセージが、添えられていた」
大野:「……当初、私も、黒川も、互いが仕掛けたことだと、思い込んでいた」
大野:「だが、違った」
大野は
昨日、あの、政界の影の王
渡辺辰雄の邸宅で、起きたことを
全て、話した
黒川と、三人で、対峙したこと
そして
そこで、明らかになった、本当の黒幕の、名前
大野:「……私たちを、裏で操っていたのは」
大野:「速水創だ」
滝沢の目が
ほんの、わずかだけ、鋭く光った
大野:「そして、渡辺先生は、こうも言っていた」
大野:「速水の秘書として、常に彼の隣にいる、風間守という男」
大野:「……その男こそが、現代に生きる、忍者の末裔だ、と」
大野:「黒川を脅したナイフは、おそらく、その男の仕業だろう」
その、あまりに荒唐無稽な言葉
だが、大野の口から語られると
それは、揺るぎない、事実の重みを持っていた
そして
大野は
最後の、そして、最も重要なピースをはめるために
目の前の、殺し屋を、真っ直ぐに見つめた
大野:「……つまり、速水は、二人の暗殺者を使っている」
大野:「忍者である、風間守と」
大野:「……そして、あなただ」
滝沢と璃夏は
ただ、黙って、その衝撃の事実を
受け止めることしか、できなかった
自分たちが、今、足を踏み入れている戦いが
ただの、政治家の、権力闘争などではない
その裏には
人知を超えた、影の存在が
暗躍しているのだと
二人は、この時
ようやく、理解したのだ。
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