不幸を呼ぶ男 Case.3

【大野邸・リビング】

大野が語り終えた、衝撃の真実
部屋には
重い沈黙が、落ちていた
最初に、口を開いたのは
滝沢だった
滝沢:「……仮に、そうだとして」
滝沢:「お前は、総裁選を辞退した」
滝沢:「もう、終わった話じゃないのか?」
滝沢:「それと、俺が、ここに来た『仕事』も」
滝沢:「すでに、終わっている」
彼は、決して、依頼人の名を明かさない
それが、彼の、殺し屋としての、守秘義務だった
璃夏は、ボロが出ないよう
ただ、黙って、滝沢の隣に座っている
大野は、力なく、笑った
大野:「ああ、脅迫されたこと自体を、どうこう言うつもりはない」
大野:「あなたが、私に銃口を向けたことも、もうどうでもいい」
大野の目が
どこか、遠い場所を見ていた
大野:「……ただ、私は、政治家として、負けたんだ」
大野:「総理の椅子よりも、自分の命を、取ってしまった」
大野:「……だが、黒川は、違った」
大野:「彼女は、命を狙われていると知りながら、自らを『餌』にすることを、選んだ」
大野:「……その覚悟の差を、見せつけられた時」
大野:「私は、思ったんだ」
大-野:「今の、この国に必要なのは、私ではない。彼女の方だと」
大野:「だから、私は、彼女を、全力でサポートすることに決めた」
大野:「私が、この手で、彼女を総理にする」
そして
大野は、初めて、滝沢の目を
真っ直ぐに、見つめ返した
大野:「……そして、もう一つ」
大野:「速水創は、総理大臣になるべき男ではない」
大野:「いや、この国の政治に、関わらせてはいけない、人間だ」
大野は、深々と、頭を下げた
かつて、日本の頂点に、最も近づいた男が
今、一人の殺し屋に、頭を下げている
大野:「……だから、頼む」
大野:「速水を、消して欲しい」
それは
もはや、個人的な野心や、復讐ではない
一人の、政治家としての
最後の、そして、最も純粋な
「依頼」だった。

大野は
秘書の高木を、呼んだ
高木は、すぐに、分厚いアタッシュケースを持ってくる
大野は、それを、テーブルの上で開け
滝沢に、見せた
中には、隙間なく、札束が詰め込まれている
滝沢は
その、金には、一瞥もくれず
ただ、大野の、覚悟だけを、見定めていた
そして、静かに、頷いた
滝沢:「……その仕事、引き受ける」
彼は、アタッシュケースを閉じると
そのまま、ソファから立ち上がった
だが
彼の隣にいたはずの、璃夏は、立ち上がらない
滝沢は
一瞬だけ、彼女の顔を見たが
何も言わず
一人、リビングを、後にして行った
部屋には
大野と、璃夏、そして、秘書の高木
三人だけが、残された
璃夏は
真っ直ぐに、大野の目を見て、言った
璃夏:「もし、あの時」
璃夏:「滝沢さんに、銃口を向けられた、あの瞬間に」
璃夏:「あなたが、総理の椅子を選んでいたら」
璃夏:「……大野さんは、死んでいました。確実に」
その、静かな言葉は
何よりも、重い、真実だった
璃夏:「だから、あなたの選択は、間違っていなかった」
璃夏:「黒川さんに、負けたなんてことも、決してありません」
璃夏:「あなたと、黒川さんとでは、同じ選択肢があったとしても、状況が、違いました」
璃夏は、そう言うと
静かに、立ち上がり
深々と、お辞儀をした
そして
彼女もまた、部屋を、出て行った
一人、残された勇次郎は
ソファに、仰け反るように、体を預けた
そして、高い天井を、見上げる
勇次郎:「……俺は、総理の器では、ないのかもしれないな…」
その、弱々しい呟きに
ずっと、黙って控えていた、秘書の高木が
静かに、口を開いた
高木:「いいえ。何事も、タイミングというものが、ございます」
高木:「……生きてさえいれば」
高木:「いずれ、そのタイミングも、また参ります」
勇次郎:「……だと、いいがな…」
彼は、そう言うと
力なく、目を閉じた
長い、長い、戦いが終わった
今はただ、眠りたかった
全てを、忘れて
ただ、深く
眠りたかった。
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