不幸を呼ぶ男 Case.3
滝沢は先に、後部座席に座っていた
璃夏が、運転席に乗り込む
滝沢は、別に何も言わない
璃夏が、静かに、車を走り出させた
しばらく
車内には、沈黙だけが流れていた
その、静寂を破ったのは
璃夏だった
璃夏:「……今回の、速水創の暗殺」
璃夏:「私に、やらせていただけませんか?」
滝沢は、何も言わない
ただ、バックミラー越しに
璃夏の、真剣な瞳が、映っている
璃夏は、路肩に、車を停めた
そして、後部座席の、滝沢に、向き直る
璃夏:「お願いします!」
滝沢:「……何を、考えてる?」
璃夏は
一度、息を吸い込むと
静かに、しかし、力強く、語り始めた
璃夏:「前の、大野さんは」
璃夏:「自身の父親への憎しみと、自分の野心のために」
璃夏:「あなたに、殺しを依頼しました」
璃夏:「でも、今の、彼は、違う」
璃夏:「彼は、敵であり、ライバルであるはずの、黒川さんを勝たせるために」
璃夏:「そして、この国のために、あなたに殺しを依頼した」
璃夏:「……大野勇次郎は、変わろうとしている」
彼女は、自分の胸に、そっと手を当てた
璃夏:「私は、あの大野勇次郎に、人生を変えてもらった人間です」
璃夏:「彼が、私を『結城リカ』として殺し、『椎名璃夏』として生まれ変わらせてくれた」
璃夏:「……今度は、私が、彼を変えたい」
璃夏:「彼が、過去の罪を乗り越えて、新しい人生を歩む、その、きっかけに、私がなりたいんです」
その、あまりに、真っ直ぐな想い
滝沢は
ただ、黙って、聞いていた
滝沢:「……失敗は、できんぞ?」
璃夏:「……分かっています!」
その声には
一切の、迷いはなかった
璃夏は、再び、前を向くと
アクセルを、強く、踏み込んだ
車は、勢いよく、夜の闇へと、走り出す
後部座席で
滝沢は
ほんの、わずかだけ
本当に、ほんの少しだけ
その口元に
満足げな、笑みを、浮かべていた。