不幸を呼ぶ男 Case.3

【民政党本部・記者会見場】

石松は
黒川皐月の元へ、向かった
そして
彼女にだけ聞こえる声で
静かに、告げた
大野勇次郎が、今、毒によって、生死の境を彷徨っている、と
その言葉を聞いた瞬間
それまで、力なく、俯いていた
黒川の、目が、変わった
彼女の瞳から
罪悪感と、後悔の色が、すっと消える
そして
そこに、宿ったのは
かつての、あの、鉄の女帝の
冷たく、そして、絶対的な、光だった
彼女は、秘書を、呼んだ
黒川:「……私の、スマートフォンを」
彼女は、秘書からスマホを受け取ると
震えも、乱れもない、完璧な指つきで
一つの番号を、押した
そして
電話の向こうの、相手に
静かに、しかし、有無を言わさぬ口調で
こう、告げた
黒川:「……先生。今すぐ、ヘリで、東京救命救急センターへ、飛んでください」
黒川:「……ええ。そうです」
黒川:「報酬は、あなたの、言い値で、結構」
黒川:「ですが、必ず、大野勇次郎を、助けなさい」
彼女は、一度、言葉を切った
そして
その場にいる、全ての人間を、支配するような
絶対的な、声で、言った
黒川:「……これは」
黒川:「未来の、総理大臣からの『命令』ですわ」

黒川は
静かに、スマートフォンを切った
そして
ゆっくりと、目を閉じる
黒川:(……弱音なんて、吐いている場合じゃない)
黒川:(「強い日本を取り戻す」)
黒川:(そのために、死ぬまで走り続けると、決めたはず)
彼女は
すっと、立ち上がった
その姿には
もう、一切の揺らぎも、迷いもなかった
ただ
全てを賭けて、戦うことを決めた
一人の、指導者の顔が
そこには、あった
彼女は、再び、マイクの前に立つ
そして
会場にいる、全ての記者たち
いや
テレビの向こうにいる、全ての日本国民の
魂に、直接、語りかけるように
言った
黒川:「……この総裁選を勝ち抜き」
黒川:「次の、総理大臣になるのは」
黒川:「この、私、黒川皐月です」
その、絶対的な、勝利宣言
会場が、息を呑む
黒川:「私は、死ぬまで、走り続けます」
黒川:「……私を、止めたいのなら」
彼女は
カメラの、その奥にいるであろう
見えざる敵を、射抜くように
鋭い目で、言い放った
黒川:「殺して、みなさい!」
黒川:「お集まりいただき、ありがとうございました」
黒川:「本日の、記者会見は、これで終わります」
彼女は
マイクを、そっと、置いた
そして
一度も、振り返ることなく
ステージを、降りていく
記者たちが、怒号のような質問を浴びせかける
だが、その声が、彼女に届くことはない
石松率いる、屈強な刑事たちが
鉄の壁となって、彼女の進む道を、守っていた
女帝は
自らの、血を流すことで
より、強く
より、気高く
そして、より、恐ろしい存在へと
生まれ変わった
その、覚醒の瞬間だった。
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