不幸を呼ぶ男 Case.3

【都内・東京救命救急センター】

手術室は
静かな、戦場だった
聞こえるのは
モニターの、不規則な警告音と
医師たちの、押し殺したような声だけ
執刀医は
汗だくになりながら、戦っていた
正体不明の、毒と
そして
刻一刻と、失われていく、時間と
執刀医:「昇圧剤、さらに追加!」
執刀医:「透析のペースを上げろ!体内の毒を、一滴でも多く抜き取るんだ!」
だが
大野勇次郎の、バイタルは
悪化の、一途を辿っていた
その時だった
検査室から、一人の技師が
息を切らしながら、駆け込んできた
技師:「先生!毒物の成分、判明しました!」
執刀医:「なんだ!?」
技師:「……トリカブトと」
技師:「……フグ毒です!」
手術室にいた、全ての人間が、絶句した
古来より、最強と言われる、二つの神経毒
それが、同時に、投与されている
常軌を逸していた
執刀医:「……解毒剤は、間に合わんか…」
絶望が
その場を支配した
その、瞬間だった
手術室の、自動ドアが
すっと、開いた
そこに、一人の、初老の男が立っていた
その男の顔を見て
執刀医は、目を疑った
執刀医:「……神崎(かんざき)……先生!?」
神崎
その名は、世界の心臓外科医の中で
知らぬ者は、いない
ゴッドハンドと呼ばれる、伝説の男
神崎:「……時期総理からの、特命で、ここに来た」
神崎:「大野勇次郎を、絶対に、死なせるな、と」
彼は、手術着に着替えながら
鋭い目で、執刀医に問うた
神崎:「……状況は?」
執刀医:「は、はい!」
執刀医:「刺し傷は、背部。深さ5センチ。急所は外れています」
執刀医:「問題は、毒です。トリカブトと、フグ毒の混合毒物が検出されました」
執刀医:「現在、透析を行っていますが、バイタルは……」
神崎は、その説明を、最後まで聞かなかった
彼は、モニターを一瞥すると
矢継ぎ早に、指示を飛ばし始めた
神崎:「メス!」
神崎:「心肺補助装置(PCPS)の準備を急げ!」
神崎:「心臓を、一度、止める!」
その、あまりに大胆な指示に
誰もが、息を呑んだ
だが、誰も、逆らわない
いや、逆らえない
そこには
神の領域に立つ者だけが持つ
絶対的な、空気があった
それから
数時間にわたる、死闘が続いた
神崎と、医師たちが
持てる、全ての技術を、注ぎ込んだ
そして
やれることは、全て、やった
後は
大野勇次郎という、男の
生命力
その、一点に
全てが、託された。
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