不幸を呼ぶ男 Case.3
【滝沢のアジト】
テレビの中では
世界が、燃えていた
緊急報道番組に切り替わり
アナウンサーが、絶叫に近い声で、情報をまくしたてている
アナウンサー:『たった今、終了した、黒川皐月議員の緊急記者会見!』
アナウンサー:『その壇上で、大野勇次郎議員が、何者かに襲われました!』
画面には
血の海と化した、ステージ
雪崩れ込む、警官隊
そして、無数に焚かれる、フラッシュの光
地獄のような、光景だった
アナウンサー:『犯人は誰なのか!目的は!日本の政治の中枢で、今、一体、何が起きているのでしょうか!』
璃夏は
その光景を、ただ、呆然と見ていた
怒りと
悲しみと
そして、どうしようもない無力感が
彼女の、心の中で、渦巻いていた
その、隣で
滝沢は、一切の感情を消した、無表情のまま
ただ、静かに、画面を見つめている
璃夏は
すっと、立ち上がった
そして
アジトの壁際にある、本棚へと向かう
一冊の、古い本を手に取り
その奥にある、隠しボタンを押した
ゴゴゴ……
重い音を立てて、本棚が横にスライドし
闇へと続く、通路が現れる
璃夏は
その、闇の中へと、一人、入っていった
そこは、滝沢の、小さな射撃場
そして、彼の魂とも言える、武器庫だった
壁にかけられた
アタッシュケース型の、リュック
璃夏は、それを手に取ると
床の上に、静かに置いた
ケースを開けると
中には、分解された、ライフル銃のパーツが
パズルのように、美しく、収められている
彼女は、その、一つ一つの部品を
まるで、愛おしい子供に触れるかのように
丁寧に、手入れし始めた
そして
最後に、全てのパーツを、組み上げる
彼女の手の中で
それは、一本の、冷たく、そして、美しい
スナイパーライフルとなった
璃夏は
その、ずっしりとした重みを、確かめる
そして
静かに、しかし、絶対的な覚悟を持って
呟いた
「……今晩」
大野勇次郎は、変わろうとしていた
自分の命を捨ててでも、何かを守ろうとした
あの、冷徹だったはずの政治家が
私は、彼に、命を救われた
新しい人生を、もらった
今度は、私が、彼の人生を、守りたい
彼が、信じようとした「未来」を
これ以上、誰にも、汚させたくない
そのためには
全ての元凶である、速水創を
この世から、消すしかない
これは、滝沢さんの「仕事」じゃない
「依頼」でもない
これは、椎名璃夏としての
私の、たった一つの
「意志」だ。
彼女の瞳には
もう、涙はなかった
そこには
滝沢と、同じ
どこまでも、冷たく
そして、どこまでも、深い
殺し屋の、光だけが、宿っていた。