不幸を呼ぶ男 Case.3

【速水創のペントハウス】
​
速水は
ブランデーグラスを片手に
せせら笑っていた
​速水：（大野勇次郎は、生死の境）
速水：（黒川皐月は、記者会見で、私を殺してみろ、などと吠えていたな）
​彼は、完全に、油断していた
大野は、もはや脅威ではない
そして、黒川は、感情的になっているだけで、具体的な反撃の手段など、持っているはずがない、と
​速水は、風間を呼んだ
​速水：「……今夜あたり、黒川の女が、何か仕掛けてくるかもしれん」
速水：「せいぜい、遊んでやれ」
​風間：「は」
​速水は、まだ気づいていない
本当の脅威が
全く別の場所から
静かに、そして、確実に
彼の、喉元へと、迫っていることを
​
【滝沢のアジト】

​射撃場には
オイルと、硝煙の匂いが、微かに漂っていた
璃夏は
黙々と、スナイパーライフルの、最後の組み立てを行っている
​その、背後から
滝沢が、静かに、声をかけた
​滝沢：「……構えてみろ」
​璃夏は、頷くと
組み上がったばかりの、冷たいライフルを、肩に当てた
そして
薬莢受けだけが置かれた、何もない空間に
スコープの、十字線を合わせる
​滝沢は
彼女の後ろに立つと
その、構えを、ミリ単位で、修正していく
​滝沢：「……引き金を引く、ということは」
滝沢：「お前の魂も、半分死ぬということだ」
滝沢：「その、覚悟は、あるのか？」
​その、静かな問いに
璃夏の脳裏に
あの日の、記憶が蘇った。

--- 璃夏の回想 ---

あれは
私が、「椎名璃夏」になって
まだ、数ヶ月しか経っていない頃だった
私は、滝沢さんに、言ったのだ
「銃の、撃ち方を、教えてください」と
彼は、最初、何も言わなかった
ただ、面倒くさそうに、煙草をふかしているだけだった
璃夏：「私は、もう、ただ守られるだけの女では、いたくないんです」
璃夏：「あなたを守れるくらい、強くなりたい」
その言葉に
彼は、初めて、私を、真っ直ぐに見た
そして、一言だけ、言った
「……ついてこい」と
連れて行かれたのは
この、地下の射撃場だった
彼は、まず、ごく普通のハンドガンを、私に渡した
だが、私の手の平は、あまりに小さすぎた
銃を、しっかりと握ることさえ、できない
それでも、私は、必死に撃った
だが、凄まじい反動に、銃は手の中で暴れ
すっぽ抜けて、床に転がった
滝沢は
それを見て、深いため息をついた
そして、武器庫から、全く別のものを、持ってきた
巨大な、スナイパーライフルだった
滝沢：「……これなら、どうだ？」
私は、言われるがまま
その、重いライフルを、構えた
不思議なほど、しっくりと、体に馴染んだ
ハンドガンとは、全く違う
安定感があった
そして、初めて、引き金を引いた
凄まじい轟音と、衝撃
だが、私は、決して、目を逸らさなかった
弾丸は、的の、ほぼ中央を、撃ち抜いていた
その時、私は、確かに見たのだ
私の、その目を見て
彼が、ほんの少しだけ
本当に、ほんの少しだけ
満足げに、微笑んだのを
それから、本当の訓練が始まった
呼吸の仕方
心臓の、鼓動の殺し方
風の読み方
そして
自分と、銃と、標的が
完全に、一つになる、その感覚
彼は、その全てを
言葉ではなく
ただ、体で、私に叩き込んだ

--- アジト・現在 ---

璃夏は
ゆっくりと、銃を下ろした
彼女の瞳には
もう、あの頃の、迷いはない
彼女は、滝沢に、向き直る
そして
あの日の、彼と同じように
ほんの少しだけ、微笑んで、言った
璃夏：「……覚悟は、できています」