不幸を呼ぶ男 Case.3
第九章:一撃の代償

第九章:一撃の代償



【滝沢のアジト】

外は、すっかり暗くなっていた
アジトの中は、静寂に包まれている
そこに、滝沢の、低い声が響いた
滝沢:「……そろそろ、時間だ」
璃夏は
アタッシュケース型のリュックを、背負い
立ち上がった
璃夏:「滝沢さん。行きましょう」
滝沢:「……あぁ」
二人は、関東誠友会のビルを出て
黒塗りの車に、乗り込んだ
璃夏が、運転席
滝沢が、後部座席
滝沢:「……緊張しているか?」
璃夏:「……少し」
璃夏:「でも、それ以上に、やらなければ、という気持ちが強いです」
滝沢:「そうか」
滝沢:「……お前の、好きなように、やればいい」
彼の言葉は
璃夏への、絶対的な信頼と、許可だった
二人の乗る車は
闇の中へと、滑り込んでいく
彼らが目指すのは
事前に調べておいた、都内有数の、高層ビル
その、屋上だった
人影のない、非常階段を登り
璃夏は、ノートパソコンを取り出した
素早く、キーボードを叩く
瞬時に、ビルの監視カメラの映像が、停止する
映像は、寸分の狂いもなく、同じ映像を、映し続けている
あとは
警備の目を掻い潜り
最上階の、屋上へと、出るだけだ
屋上は
風が、強く吹き荒れていた
目の前には、宝石を散りばめたような
東京の、夜景が、広がっている
そして
その、夜景の、さらに向こう
約600メートル先に
速水の、ペントハウスが、見えた
滝沢:「……ここからだと、まあまあの距離だ」
滝沢:「風もある」
璃夏:「……はい」
璃夏は、アタッシュケース型のリュックから
素早く、スナイパーライフルを組み立て始めた
その、手際は、もはや、迷いがない
一人の、プロの殺し屋の、それだった
滝沢は
小型の望遠鏡で、速水のペントハウスを見る
ガラス張りの部屋
室内は、丸見えだ
滝沢:「……バカと煙は、高いところが好き…か」
滝沢は、ニヤリと、笑った
その、皮肉めいた笑みには
どこか、諦めにも似た、諦観の色が、混じっていた
璃夏が、スナイパーライフルを構え
速水のペントハウスの方に、照準を合わせる
滝沢:「……焦る必要はない」
滝沢:「風が、少し、落ち着いてからでも、構わない」
滝沢:「……お前の、タイミングで、殺れ」
璃夏:「……はい」
スコープの先に
速水の姿が、捉えられた
ソファで、ブランデーグラスを、傾けている

【速水創のペントハウス】

ソファで、ブランデーを飲む速水
彼の背後から
秘書の風間が、音もなく、現れた
風間:「……速水様。今日は、カーテンを、閉めませんか?」
速水:「……ん?」
風間:「何か、今日は、何となく、気になります」
速水は、ちらりと、窓の外を見た
だが、何も、感じなかった
ただの、気まぐれだろう、と
速水:「……あぁ。じゃあ、閉めてくれ」
風間は、会釈すると
静かに、カーテンを、閉めていく
ゆっくりと
一枚、また一枚と

【高層ビル屋上】

璃夏:「……あ!」
スコープの先で
速水の姿が、闇に、消えていく
璃夏:「……カーテンを、閉められました…」
その声には、わずかな、焦りが滲んでいた
滝沢:「……速水自身は、動く気配は、なかったな」
璃沢:「でも、さすがに、この状況じゃ……」
滝沢は
静かに、リュックから、一つのアイテムを取り出し
璃夏に、手渡した
滝沢:「……これを使え」
璃夏:「……これは?」
滝沢:「サーマルスコープだ」
滝沢:「付け替えて、覗いてみろ」
璃夏は
素早く、スコープを、付け替える
そして、再び、覗き込んだ
その、視界の中
ガラスと、カーテンの向こう
速水と、風間の姿が
ぼんやりと、しかし、確かに
赤や、オレンジ色に、浮かび上がっている
熱を帯びた、生命の輝き
璃夏:「……すごい…」
その瞬間
強く吹き荒れていた、風が
ピタリと、止まった
全ての、条件が
整った
タイミングは、今しかない
璃夏は
ゆっくりと、息を吐いた
そして
あの日の、滝沢の言葉を、思い出す
『引き金を引く、ということは、お前の魂も、半分死ぬということだ』
彼女の心に
一切の、迷いはなかった
大野勇次郎の、血の海
彼の、信じようとした、未来
そして、自分を、この世界に、導いた、滝沢
その、全てを背負い
璃夏は、静かに、引き金を引いた
ドンッ!
重く、鈍い、発砲音が、夜の闇に、響き渡る
璃夏が放った、たった一発の弾丸は
600メートル先の
速水のペントハウスの、強化ガラスを、貫通し
分厚いカーテンを、さらに、突き破り
ソファに座る、速水創の
その、頭部を
正確に、撃ち抜いた。
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