不幸を呼ぶ男 Case.3
第十章:無音の咆哮
第十章:無音の咆哮



【深夜・河川敷】

黒川は
目の前の男の、狂気に満ちた目に
自らの、死を覚悟した
その時だった
彼女の視界の隅
男――風間の、その背後に
一つの、黒い影が
音もなく、すっと、立っていた
黒川:(……いつの間に…)
その影が
腕を、大きく振りかぶった
ゴッ!
鈍い音がして
風間の体が、くの字に折れ曲がり
数メートル先まで、派手に吹っ飛んだ
滝沢の、渾身の一撃だった
滝沢は、叫んだ
滝沢:「璃夏!」
その声に、ハッとする黒川
いつの間にか、すぐそばに来ていた璃夏が
黒川の、折れていない方の腕を掴み
戦場から、引き離していく
何が起こったか分からず
地面に倒れていた風間が
ゆっくりと、体を起こした
風間:「……なんだ……お前は」
滝沢:「……お前の、仇(かたき)は、俺だ」
滝沢は、ニヤリと、獰猛に笑った
その言葉に
風間の、全ての怒りが、滝沢へと向かう
彼は、懐から、クナイを抜き
滝沢へと、投げつけた
滝沢は
その、おもちゃのような武器を
手で、払いのけようとした
その、瞬間
「避けて!」
鋭い声が、飛んだ
璃夏に肩を貸されている、黒川だった
黒川:「それには、強烈な毒が塗ってあるわ!」
滝沢は
その声に、咄嗟に反応し
体を、横へひねった
クナイが、彼の頬を、数ミリかすめて、飛んでいく
滝沢は、黒川の方を、一瞬だけ振り返った
その、コンマ数秒の隙
風間は、見逃さなかった
彼は、超人的な速さで
滝沢の、懐へと飛び込み
急所である、心臓めがけて
貫手(ぬきて)を、放った
だが
滝沢は、その腕を掴むと
柔道の、巴投げのように
風間の体を、宙へと投げ飛ばした
風間は
猫のように、しなやかに着地する
風間:「……お前が、速水様を…?」
滝沢:「そうだ」
滝沢:「あの女は、何も知らない」
二人の間に
殺意に満ちた、沈黙が落ちる
そして
次の瞬間
二つの影は、同時に地を蹴った
風間の、忍術
それは、流水のように、相手の攻撃を受け流し
毒蛇のように、急所だけを狙う、暗殺の技
滝沢の、戦闘術
それは、岩のように、相手の攻撃を砕き
熊のように、骨を断ち切る、殺戮の技
二つの、全く異質な、しかし、究極の領域にある暴力が
闇の中で、激しく、衝突する
殴り
蹴り
投げ
関節を極め
そして、それを、ありえない角度で外す
それは
もはや、人間の喧嘩ではなかった
二匹の、怪物が
互いの、全てを賭けて
ただ、相手を、喰らい尽くそうとしている
そんな、壮絶な、死闘だった。
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