不幸を呼ぶ男 Case.3

【深夜・大野勇次郎邸】

大野勇次郎が乗る車が
静かに、自宅の門をくぐった
運転手に、一言も告げず
彼は、車を降りた
リビングの、イタリア製の革張りソファに
彼は、体を、投げるように座る
そして、きつく締めていたネクタイを
乱暴に、引きちぎるように緩めた
頭の中には
先ほどの、黒川皐月の言葉が
何度も、何度も、反響していた
『元総理……大野勇様を、殺した人間のこと』
『私、知っているのよ』
勇次郎:(……なぜだ)
勇次郎:(なぜ、あの女が、あの件を知っている?)
あの計画は、完璧だったはずだ
殺し屋「ファントム」との繋がりも
金の流れも
全て、完全に、消したはず
勇次郎:(……あの殺し屋が、裏切ったのか?)
勇次郎:(いや、それはない。プロは、自分の客を売ったりはしない)
勇次郎:(だとすれば……どこから、漏れた?)
じわりと、冷たい汗が
背中を、伝い落ちていく
勇次郎:(……口を、封じるか?)
黒川皐月を、殺す
その、あまりに危険な選択肢が
彼の頭を、よぎった
勇次郎は
ソファに座ったまま
だらりと、下を見つめ
思考を、巡らせる
勇次郎:(……また、あの男に、頼むか?)
勇次郎:(いや……相手は、あの黒川だ)
勇次郎:(俺がそう動くことさえ、見越した上で、罠を張っている可能性が高い)
勇次郎:(万が一、殺したとしても)
勇次郎:(その瞬間に、俺のした事が、全て、世間にバレる仕掛けになっているかもしれない)
そうだ
あの女は、そういう女だ
決して、油断していい相手ではない
勇次郎は
深く、長いため息をつくと
頭を上げ、座り直した
そして
彼は、凍り付いた
向かい側の、ソファ
そこには、いつから座っていたのか
一人の男が
こちらに、銃口を向けながら
静かに、座っていた
黒いスーツ
氷のような、瞳
最強の、殺し屋
滝沢、だった

向かい側の、ソファ
そこには、いつから座っていたのか
一人の男が
こちらに、銃口を向けながら
静かに、座っていた
黒いスーツ
氷のような、瞳
最強の、殺し屋
滝沢、だった
勇次郎の、完璧なポーカーフェイスが
生まれて初めて、崩れた
その口が、わずかに開き
声にならない、空気が漏れる
勇次郎:「……なぜ、ここに…」
勇次郎:「警備は……どうした…」
滝沢:「俺は、殺し屋だ」
滝沢:「……お前が一番、良く知ってるだろ?」
その、静かな声は
勇次郎の、全ての思考を、凍り付かせた
そうだ
こいつは、そういう男だった
常識も、物理法則も、一切通用しない
ただ、そこに現れる、亡霊
勇次郎は、ゴクリと、渇いた喉を鳴らした
勇次郎:「……俺を、殺りに来たのか?」
滝沢:「いや」
滝沢:「今回は、お前に、選択権がある」
滝沢は、銃口を、わずかに上げた
滝沢:「総裁選を、辞退するか」
滝沢:「……それとも、ここで、死ぬか」
勇次郎:「……黒川、か…」
全てを、理解した
控室での、あの会話
彼女の元旦那の、スキャンダルを、俺が仄めかしたこと
あの女は、その報復として
殺し屋を、差し向けてきたのか
勇次郎:(……政治家同士の、生温い腹の探り合いは、もう、終わったのだと)
滝沢:「どうする?」
勇次郎は
ゆっくりと、目を閉じた
そして
長く、重い、息を吐いた
勇次郎:「……背に腹は、かえられん…」
それは
カリスマと呼ばれた、若きリーダーが
完全に、敗北を認めた。
その、敗北を認める言葉を聞き
滝沢は、静かに、銃をホルスターにしまった
そして
まるで、他人事のように
どこか、面倒くさそうに、言った
滝沢:「……正直、助かったぜ」
滝沢:「お前とは、璃夏の件で、貸し借りがある」
滝沢:「仕事とはいえ、後味の悪い思いをせずに済んだ」
その言葉に
勇次郎は、力なく、笑った
それは、自嘲の笑みだった
勇次郎:「……罰が、当たった、ということか…」
そうだ
罰が当たったのだ
自分が、総理の椅子を手に入れるために
実の父親を殺す、という大罪を犯した
その時に、手を組んだ悪魔
その悪魔が
今度は、自分の前に、現れた
ただ、それだけのこと
滝沢は
もう、そこに用はないとでも言うように
ソファから、静かに立ち上がった
そして
来た時と同じように
音もなく
気配もなく
ただ、リビングの闇の中へと
溶けるように、消えていった
一人、残された勇次郎は
しばらく、動けなかった
ただ、ソファに、深く、体を沈めたまま
男が消えた、闇の向こうを
見つめているだけだった
カリスマと呼ばれた、若きリーダーの
野望の物語は
今、ここで
静かに、幕を閉じた
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