不幸を呼ぶ男 Case.3
【黒川邸・書斎】
黒川は
デスクの椅子に深く腰掛け
目を閉じた
彼女の頭脳は
高速で、フル回転していた
まず、事実を整理する
一つ
私の書斎に、ナイフが置かれ
私は「総裁選を辞退しろ」と脅迫された
二つ
その翌日
最大のライバルであったはずの、大野勇次郎が
不可解な形で、総裁選を辞退した
黒川:(……私が辞退したところで、大野勇次郎には、何のメリットもない)
黒川:(とすれば、あのナイフを仕向けたのは、大野ではない)
では、誰だ?
そして
大野は、なぜ辞退した?
彼もまた、私と同じように、脅されたのか?
黒川:(……まず、敵が知りたい)
彼女は、思考の駒を、盤上に並べていく
警察か?公安か?
いや、ダメだ
敵が、もし、この国の権力の中枢にいる人間なら
警察や公安さえも、すでに、敵の手の内にあるかもしれない
内閣情報調査室?
海外の、民間軍事会社を、金で雇うか?
いや、それも同じだ
敵が政治家なら
私が考えうる行動や、使える権力は
敵も、全て持っていると、考えるべきだ
黒川:(……今は、自分の秘書ですら、警戒した方がいい)
彼女は、完全に、孤立していた
だが、その瞳に、絶望の色はない
むしろ
その目は、より一層、鋭く輝き始めていた
黒川:(……罠を、張るしかない)
彼女は、一つの結論に達した
敵が、私に「辞退しろ」と、要求してきた
ならば
黒川:(……私が、総裁選を、辞退しなければ)
黒川:(その事実そのものが、最高の『餌』になる)
そうだ
私が、何事もなかったかのように
総裁選を戦い続ければ
敵は、必ず焦る
そして、必ずまた行動を起こしてくる
黒川は、薄く笑った
それは
自らを、危険な囮にすることを決意した
一人の、狩人の笑みだった
黒川は
自らを「餌」にするという
あまりにも危険な、覚悟を決めた
だが
一つの、懸念が、彼女の脳裏をよぎる
黒川:(……しかし、次の敵の行動で、私が死ぬかもしれない)
そうだ
敵は、私の命など
いつでも、容易に、奪える
そうなれば
この、国を揺るがす、巨大な陰謀は
永遠に、闇に葬られる
黒川:(……最悪の状況になった時のために)
黒川:(誰かと、この情報を、共有しておかなければ)
でも、誰に?
今の私には
心から信用できる人間が、一人もいない
警察も、公安も、敵の手の内かもしれない
自分の秘書ですら、そうだ
電話は、盗聴されている可能性が高い
直接、会って、話すしかない
だが、誰に?
誰なら、信用できる?
黒川:(……ここは、多少、賭けに出るしかないか)
彼女の思考が
一つの、可能性に行き着いた
黒川:(……そうだ)
黒川:(大野勇次郎が、総裁選を辞退したのは)
黒川:(きっと、私と、同じ目に遭ったからだ)
黒川:(あの『第三者』に、脅された)
だとすれば
この、盤上で
私と、同じ景色を見ている人間は
たった、一人しかいない
黒川:(……そうだとしたら)
黒川:(今、私が、一番信用できるのは)
黒川:(……逆に、大野勇次郎、ただ一人!)
彼は、敵だ
だが、今は、同じ船に乗る、ただ一人の人間
彼もまた、この見えざる敵を、憎んでいるはずだ
黒川:「……これしかない…」
彼女は、呟いた
そして
大野勇次郎と、再び、極秘に接触するための
最も、安全な方法を
思考し始めた。