捨てられ仮面令嬢の純真
  ✻ ✻ ✻

 軍を率いて国境の砦に乗り込んだレオは、とにかく相手方・べーレンツ伯の情報を探っていた。
 国境からマルロワ王都への急報、出陣の命令、到着。その間に何日も経過してしまったのだが、ビルウェンの動きはにぶい。越境し突ついてくることもなかったらしく、首をひねった。

(……何がしたいんだ?)

 この時べーレンツ伯は、中央より援軍が来なくて苛々している。だがそれを知らないレオたちは、作戦なのかトラブルか迷った。マティアスからは「常道の兵法を使う男」と聞いていたが。

(そんな情報を調べ上げているとは、さすが兄さんだな)

 マティアスがビルウェンと通じているとも知らず、レオは得意になった。
 しかし「にいたま」と舌足らずでしゃべっていた過去を妻にバラされたと聞いたらどうだろう。恥ずかしさに青くなって兄弟喧嘩勃発かもしれない。

「――指揮官殿」

 砦の物見台に登っているレオに声をかけたのは、国境警備隊長のトマだった。身を切るような冷たい風をものともせず無表情を貫いている。この地方で生まれ育った叩き上げの軍人だそうで、まだ三十そこそこだが経験豊富で精悍な男だ。

「ずっと森をながめて――何か見えますか」

 トマは試すような物言いをした。
 国境線は森におおわれている。べーレンツ伯の陣は森の向こうに敷かれていて砦からは視認できなかった。

(王都からやってきたボンボンだと思われているのだろうな)

 高貴な血を引くレオとしては、苦笑するしかない。
 少数で踏みこたえてきた砦にとって援軍はありがたいはずだ。糧食も武器も、補給を届けている。
 だが下手な指揮官の指示で死ぬのは警備兵なのだった。現場を取り仕切ってきたトマのような人物からすると警戒したくなるのもわかる。

「……街道ぐらいしかわからんものだな」

 レオは視線を遠くへ戻した。針葉樹の森は真冬にあってなお黒々としている。木々がうっすらと途切れて筋になっているのが街道だろう。今は商人も通らない。まだはっきり戦端が開かれたわけではないが、巻き込まれて荷を失いたくないのだ。

「他に何もありませんから。でも軍が街道を動けばハッキリと」
「ああ。甲冑が光るのは見えそうだし、物音も空に抜けるな」

 レオは淡々と答えた。
 最初にべーレンツ伯の動きを見つけたのも、ここで物見に立っていた兵士だった。街道を進んでくる小部隊を発見し、砦から物音高く出撃して威嚇。あちらも様子見だったのだろう、しばらく睨み合って退いたとか。
 これまでマルロワ側に人的被害は出ていない。あちらの斥候を二人、始末したが。

「べーレンツ伯の陣は、あの辺りだったな」

 レオは森の向こうを指す。こちらからも偵察は怠っていなかった。めぐらせていた考えを口に出してみた。

「……森から、というのは難しいと思うか?」
「大きな部隊で森を抜けて来るこたぁないでしょう。だからお互い街道を押さえてるんです」
「いや、こっちが森を使うんだ」

 真剣な顔のレオに、トマは失礼にも「は?」と返した。



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