捨てられ仮面令嬢の純真
レオが仕掛けようと考えたのはべーレンツ伯への揺さぶりだった。
「森には獣道があるだろう。そこを抜けられる程度の少人数で、敵部隊にイタズラをして逃げ帰りたい」
「はい……?」
トマの返事はまだ疑問形だ。「イタズラ」とは何を馬鹿なことを、と表情が語っている。レオは苦笑した。
「べーレンツ伯は真面目な人物らしくてな。真っ当な作戦でくると想定できる――森の一部を伐り拓く陽動部隊を送り出しつつ、主力が街道を。そして森を回り込んだ別働隊が背後を突く、とかだ」
「……そんな大規模な軍じゃないはずですが」
「手違いで援軍が遅れているんじゃないか? 始めたのは向こうなのに攻めあぐねる意味がわからん」
さもなければ、ここでの軍事行動そのものが陽動で本当の標的は別地方……とまで邪推できるが、そんな報告は入ってこない。
「相手は不測の事態に焦っているだろう。だから、突っつく」
実効性はなくてもいいのだ。敵の不安をあおり浮足立たせ、無茶な行動に駆り立てる。
そのため隠密で敵陣に近づきたい。ひっそり森を抜け、敵陣近くで枯れ草を燃やしたり、歩哨に矢を射掛けたり。昼夜問わずそんなことがあれば敵兵は末端から疲弊していく。
「……なかなか性格の悪い」
うっかり漏らしたそんなトマの感想に、レオは肩をすくめた。
「だからイタズラだと言ったろ――まともに激突したら双方死者が多くなる。敵の士気を下げ、すぐ敗走したくなる状態に追い込んでから戦いたいんだ」
「はあ。まあそりゃ、ありがたいです。みんな死にたくないんで」
「俺もだよ。まだ結婚して半年だぞ」
レオは大真面目だ。だが明け透けな言い方にトマの頬がふるえる。そして思わず見せたのは、先ほどの無表情とは打って変わった人好きのする笑顔だった。
「そりゃあ無事に帰らなきゃいけませんねぇ。そのくらいから面白くなるって言いますから」
ニヤリとされたのは、つまり夜の話なのだろう。反応に困ったレオは眉をひそめ――だが気になり小声で返した。
「……そうなのか?」
「らしいですよ。うちもまあ、いろいろ試したもんです」
何を。どんなふうに。
とは訊けず、レオは思考を戦いに戻す。
「敵陣へのイタズラは森を良く知る警備隊にやってもらうしかない。どうかな、隊長」
命令する立場のくせに相談のように言われ、トマはポリポリ頭をかいた。
……なんだか頑張ってあげたくなったのだ。