捨てられ仮面令嬢の純真
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「セレスティーヌ、おまえとの婚約を破棄する」
重厚に造られた執務机の向こうから言い放ったのは、父王の葬儀を準備しなくてはならないはずのリュシアンだった。
理由を聞かされず王宮に呼び出されたのはヴァリエ侯爵とセレス。そして何故か妹のミレイユもだ。
その時点で悪い予感にふるえていたセレスは、婚約破棄を告げるリュシアンの軽い声に絶望する。
(殿下は――私のことを人とも思っていないのね)
八年間、婚約者として仕えてきた女のことを邪魔な石ころぐらいに考えている。いや、もっと言えば憎まれているのかもしれなかった。セレスがいなければもっと早くに愛する女を手もとに置けたのだから。
「新たな婚約者はミレイユだ。我が妃として国の母になれ」
「リュシアンさま……っ!」
わざとらしく感激してみせるミレイユの声も、セレスの耳にはろくに聞こえなかった。二人がいつから通じていたのかと考える余裕もない。
仮面が右側だけでなく顔ぜんぶをおおっていたら、と初めて思った。
今は表情を見られたくない。こんな間抜けな状況に立たされた女のことなど、誰も見ないでほしかった。
捨てられたセレスと愛されたミレイユ、双方の父である侯爵はうろたえていた。
「で、殿下。しかしこの婚姻は殿下のお父君が決められたことで……」
「ヴァリエ侯爵家として何も不都合はあるまい。妃に立つのが長女から次女になるだけだ」
「は……さようではございますが」
「ならばごちゃごちゃ言うな。不快だ」
「……はッ」
セレス本人が何も言えずにいるうちに婚約者のすげ替えは成立してしまう。
リュシアンは椅子から立つと、絨毯を踏んで前に出てきた。これみよがしにミレイユの腰を抱き寄せると、元婚約者のレースの仮面に目をやって嘲笑する。
「顔に傷を持つ妃など、私にふさわしくない。とっとと下がれ!」
「まあリュシアンさま。そんなふうにおっしゃっては、お姉さまがお可哀そうですわ」
かばうように言い、ミレイユは小首をかしげた。国王の喪中のはずなのにミレイユのドレスにはゴテゴテとリボンが飾られ派手だ。
「優しいな。愛らしいミレイユこそ、私の妃となるべきなのさ」
「リュシアンさま」
堂々と愛を語りはじめた元婚約者と妹の姿に、セレスは目の前が暗くなるのをとめられなかった。景色が歪んでいく。そして――セレスは気を失った。