捨てられ仮面令嬢の純真
ほんのりと民から人気がある「仮面の男爵夫人」セレスはその日、館で焼いたパンを荷造りしていた。教会に差し入れに行こうというのだ。
「何も奥さまが行かれませんでも……」
「いいえコラリー。私が行って、事件はすぐ終わると伝えなければいけないの」
こういうのは権威のある者が発言してこそ意味がある。普段は自分を卑下しがちなセレスだが、夫とその兄のことは誰より信じているのだ。
「お義兄さまなら長引かせはしない、と断言してみせないとね。皆、不安で逃げてきているのだもの」
教会や孤児院には、市場周辺の人々が身を寄せ合っているのだという。家には売るに売れなかった品がしまってあるが、それを狙った押し込み強盗が怖いのだ。教会にいればひとまず命は無事だろう、と大勢が避難してきたそうだ。
「それじゃあ参りましょう」
「はあ……そこらにウスターシュさんでもいませんかねえ」
コラリーがぼやいてセレスは笑ってしまった。貴族が住まう地区は騎士団が巡回してくれている。その一人を護衛に使おうとはコラリーもいい根性だ。
差し入れの荷物を抱えた下男や執事ダニエルも付き添ってくれたので、ひとまずの男手はあった。でもセレスだって、ふと不安は感じる。それはレオが隣にいないから。
(こんな騒ぎの時に、レオさまがいてくれたら――)
レオから「大丈夫だ」と抱きしめられたなら、きっと何も怖くない。
(――でもあの人、暴徒の真ん中に突っ込んでいって仲裁を始めるかもしれないわ)
責任感の塊のような人だから。その可能性を思いついてセレスはぞっとした。そんなのの後ろで待っていたら心配で死にそうになるだろう。
だがセレス自身もこうして外に出ている。そのことをレオが知ったらどう思うかというのが頭からすっぽり抜けているセレスだった。
今のセレスは、人々を助けなければ、としか思っていない。それがセレスの真心だから。
勝利の伝令を早馬で寄越したレオ。無事に帰還する手はずになったとマティアスから連絡があり、セレスは再会を心待ちにしている。
そのレオが今日、間もなく王都に到着するところなのをセレスは知らなかった。