捨てられ仮面令嬢の純真

 訪ねた国王執務室にはミレイユもいた。ずいぶん腹が目立つようになり、クッションを置いた長椅子に悠々と陣取っている。そしてマティアスが連れてきた姉の姿に嫌そうな顔をした。

「ああら男爵夫人。こんな所へなんの用かしら? そんなみっともない格好で、陛下のお目汚しだわ。お下がりなさいな」

 ミレイユがせせら笑うのも無理はない。セレスは孤児院を訪問するために飾り気のないドレスをまとって出かけたまま来たのだ。
 だがこの揺れる王都では、華美な装いの貴婦人など危なくて外に出られない。セレスは静かに言い返した。

「陛下、並びに妃殿下にはご機嫌がよろしくないご様子でしょうか。おいたわしく存じます」

 完璧な一礼をするセレスの言葉にムッとして、リュシアンが声を荒らげる。

「何用だ。マティアス、何故こんな女を通した」
「宰相補佐官さまをお咎めにならないようお願いいたします。私はただ、忠告しに参ったのです。妃殿下の姉として、また陛下を支えた昔のよしみを持ちまして。お二人が民から憎まれるのをながめていたくはありません」
「――その放言、罪に問うてやるぞ!」

 リュシアンが椅子を蹴立てた。マティアスは舌打ちをこらえる。これだからついてきたのだ。

「落ち着いて下さい陛下。ここは王としての度量を示す場面です。男爵夫人の話はまだこれからです」
「う、うむ」

 リュシアンはこの補佐官が自分の味方だと信じている。そう思い込ませ、振る舞いの矯正をはからなかったマティアスの態度がリュシアンを堕落させた――とまで言うのは酷か。臣下で従兄のマティアスに、そんな責任はない。
 だが今のマティアスは、真っ直ぐにリュシアンへ立ち向かうセレスのことを守りたかった。陰謀の真っ只中にあって、このセレスの純真はマルロワの良心なのだ。
 マティアスにたしなめられ、リュシアンはもっともらしく胸を張る。そんな姿勢をとっても偉くは見えなかったが。

「では言ってみよ、男爵夫人。そなたの思う『忠告』とやらを」
「おそれながら、妃殿下の前では申し上げにくいことでございますので。退室を願えればと」
「はあ? 私をないがしろにするの!?」

 セレスの言い分にミレイユは激昂する。
 妹に生まれただけで、ずっと下に見られていた。そう思い込んでいるミレイユは、セレスに従う気など少しもなかった。

「陛下に何を吹き込むつもりかしら? 私も聞かせてもらうわ!」
「うむ、ミレイユにもいてもらおう。私にはやましいことなどないからな!」

 どうやらリュシアンは浮気の疑いでも突きつけられると思ったらしい。ミレイユに歩み寄り愛おしげにふくらんだ腹をなでた。

「私にはミレイユだけだ。この子が産まれるのが待ち遠しいな」
「リュシアンさま……!」

 熱いまなざしを交わす二人に小さなため息をつき、セレスはうなずいた。

「では仕方がありません、このままで申し上げますが――まずは誕生日の祝賀会を中止にするべきだと進言いたします」

 ミレイユに内緒だった誕生祝い。それをバラされて、リュシアンはダンッと足を鳴らした。

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