捨てられ仮面令嬢の純真
「陛下、以前にも夫が申し上げましたが、私の名を呼びつけるのはおやめくださいますか」

 自分の誇りを守るための言葉をセレスが口にするのは――初めてかもしれない。
 誰かのためではなく、セレス自身のために。
 大切な真心を壊されないよう戦わなくては。

「夫は私をたいそう大事にしてくれます。留守中の不義を疑ったら、どんなに怒ることでしょう」
「ああ、怒り狂ったレオなど誰も止められないでしょうなあ。兄として断言します」

 マティアスは後ろから口を添えた。
 いちおう立会人としての分を守り控えていたのだが、リュシアンの無礼から貴婦人をかばうのは紳士のつとめだ。しかもセレスは弟の愛妻。ミレイユに嫉妬しているなどと侮辱されては黙っていられなかった。

「レオからは夫人のことをくれぐれも頼まれていますし、どう過ごしていたか細かく訊かれるはずでして……そうだ、たぶん今日帰着しますよね。そろそろここへ報告に来るのでは?」
「な、何!?」
「レオさまが戻るのですか?」

 セレスはパアッと瞳を輝かせた。先ほどまでの冷静な話しぶりとは打って変わって少女のよう。仮面の下で頬を染めソワソワする。

「まあ……まあどうしましょう」
「どうもしなくていいんだよ、早く会えればレオも喜ぶさ」
「でも私が王宮にいたらびっくりしますでしょう」
「おっと、あいつの心臓が止まったら口づけて起こしてやってくれるかい」

 セレスの恋する顔をからかいたくなりマティアスは軽口を叩いた。しかし国王の前でふざけすぎたかもしれない。リュシアンはワナワナ震えると怒鳴り散らした。

「黙れ! レオを驚かせたくないと言うなら、とっとと帰るがいい! あいつがここへ戦勝を捧げに来る前にな!」

 憎々しげに扉を指さす。我に返って、セレスは深呼吸した。軽く頭を下げる。

「――取り乱して失礼いたしました。話を戻してもよろしいでしょうか」
「フン、よろしくなどない。出ていけ」

 にべもないリュシアンへセレスは食い下がった。以前ならすぐに口が動かなくなっていただろうが、もうセレスは負けない。

「陛下、このままでは民の心が離れてしまいます。国庫を開いて民にほどこしを約束なさいませ。そして貴族たちには贅沢をいましめ、陛下がその手本となってみせるのです。きっと人々の尊敬を取り戻すことになりましょう」

 これでも気をつかった言い方だった。今のマルロワでもっとも奢侈に溺れているのは国王夫妻。民の反感をかっているのは貴族ではない。
 だがリュシアンは聞く耳を持たなかった。燃えるような目でセレスをにらみ、叫ぶ。

「下がれ!」

 ――大変な剣幕で命じられては、従うほかなかった。

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