捨てられ仮面令嬢の純真
ところでレオがセレスに手をふれたのは二回だけではない。結婚式より前、婚約破棄を告げられ失神したセレスを抱き上げたのが最初だ。その瞬間のことをセレスはもちろん覚えていなかった。レオからは「お連れした」と言われたが、すっかり失念しているのだ。
(上着でくるんだとはいえ、あの時のセレスティーヌはくったりと肉感的だった……)
仕事を午後早く退出できたレオが帰宅しながら考えているのは、もちろんセレスの攻略法だ。館に戻れば妻としてセレスが待っているのだから。
いかに自然に手を取るか、サラリとエスコートするか。ダニエルに叱られたことをレオは真剣に検討している。
その流れでよみがえったのが、初めてセレスを抱き上げた日の記憶。王太子執務室の床に伏す痛々しいセレスの姿と、面倒くさそうなリュシアンの顔が忘れられなかった。
(あんな男にセレスティーヌを奪われなくて本当によかった)
来春には王位を継ぐはずのリュシアンを「あんな男」呼ばわりしながら、レオはセレスの体の重さを思い出した。
セレスはほっそりして見えるが、完全に力の抜けた人間というのは女性でもズッシリくるもの。だが鍛え抜いているレオにとってはなんでもなかった。妻をしっかり支えられる男であることが誇らしい。
あの時は血の気のない顔で目を閉じるセレスのことが心配で、呼吸しているか耳を寄せ確かめた。
耳朶をくすぐる吐息にふるえ、思わず「セレスティーヌ……」と苦しい想いをつぶやいた。そこでセレスが目を開けたのだ。
(名を呼んだのを聞かれたかと焦ったが……意識が朦朧としていて助かった)
気づかれていたら、かなり失礼なことだった。セレスから無作法な男と思われるなど耐えられない。
だが紳士的に振る舞いたいあまり、夫婦として不完全な状態でいるのはレオの失策だろう。
(セレスティーヌ……どうしたら心を開いてくれるんだ)
レオは悩む。だが前提から間違っていることには気づいていなかった。
セレスは別に、レオに心を閉じてはいない。レオとの夜に緊張しているだけで、夫のすべてを拒絶しているわけではないのだ。