捨てられ仮面令嬢の純真
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「ふむ。ビルウェンには注意せねば」

 ラヴォー公爵は、長男マティアスからの報告に眉をひそめた。
 レオが調査を命じた国境付近の治安状況は、やはり悪化していたのだ。ビルウェン王国から越境して薪を奪い獣を狩っている者がいるらしい。
 だがそれが飢えた民衆なのか、あるいはマルロワ王国の反応を見るために領主がやらせているのかがわからなかった。毅然とした態度で不法にのぞむべきなのだが、砦の兵士からは増える国境警備負担に不満の声があがっている。
 
「戴冠式にあちらの王族は来ないのだったか。式典に出席するのは――」
「ハーラルト卿。長年外交にあたってきたビルウェンの好々爺ですよ」
「のらくらニコニコと肚の読めないあの男か……」

 公爵は顔をしかめたが、向こうからは同様に思われているかもしれない。近隣諸国との儀礼において、互いによく顔を合わせるのだ。今回は国事の後にきっちり話さねばならないだろう。
 リュシアンの即位と成婚にあたり、各国へは招待状を送付してある。外交の機会とあって、そうそうたる顔ぶれになるのが通例だ。その宿舎や警備の手配でレオたちはてんてこまいなのだが。

「隣国と大きく事をかまえるのは避けたいところですね。我が国は国庫が痛んでいますので」

 マティアスは深刻な声だった。
 ここ数年、農業生産が思わしくなく食料不足が喫緊の問題になりつつあった。それにともない地方の税収も低下。食いつめて農村から街に逃げ込む者も増えている。
 そんなこんなを勘案すると、盛大に式典を行っている場合ではなかった。王侯貴族にとって儀礼が大事なのはわかるが、せめて安上がりにすべき。

「今年だけで葬儀と即位と婚儀をまとめて行いますし。格を落とすなと殿下はおっしゃいますがねえ」
「派手好きの妃が誕生してしまうしな。先が思いやられる」

 ラヴォー公爵も忌憚のない意見を吐露した。執務室には現在、親子二人だけなので問題はない。
 公爵はこの国の宰相。そして彼の妻は、春に逝去した先王の姉だ。王家との関係の深さもあって、国を憂う気概は誰よりもあるつもりだった。
 だが長男のマティアスの方はやや意見を異にしている。

(このままいけば、俺は一生あのリュシアン夫婦の尻ぬぐいをし続けることになるのだが?)

 それはなかなか面白くない将来だった。


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