捨てられ仮面令嬢の純真
この日、王都では普段より多くの馬車や馬が走り回っていた。立て続けの式典に出席する貴族たちのものだ。使用人たちも邸と王宮を行ったり来たりするし、道路は忙しない。
だがその喧騒は上流階級だけのもの。都の下層で働く者たちにその恩恵はない。むしろ街路を汚すなと追い立てられ、食べ物は高騰し、普段の仕事が停止した者は日銭を稼ぐすべもなくなった。庶民の困窮はピークに達していた。
「倉庫が襲われただと!?」
舞踏会のために王宮で待機していたレオは、騎士団員からの情報で顔色を変えた。事前の手配と違う警備体制を不審に思って何があったか尋ねてみたらそれだ。
事件があったのは川沿いの倉庫の一角。食料品を扱う商会が狙われたらしい。暴動などではなく小規模な盗みだったのだが、捕縛の際に抵抗されたことで火事が起きたとか。
「セレスティーヌ、すまないがテラスへ」
緑色のドレスに着替えたセレスをうながしたレオは厳しい顔。それでも妻に歩調を合わせてくれる。
大きな窓の外にしつらえられたテラスに出るとレオは街の方向を望んだ。空は赤くなっておらず、火が広がるには至っていないようだ。しかし落ち着かない顔のレオに、セレスは申し出た。
「レオさま、ようすを聞きにいらっしゃってはいかがです?」
「――いや、そろそろ大広間へ呼ばれる頃合いでは」
「でも気になるのでしょう? だいじょうぶです、私たちの祝賀は最後ですから」
セレスは遠慮がちに微笑む。男爵位をたまわったばかりのレオは、貴族の序列としてもっとも低いところにいる。
公侯伯子男の順に陛下の御前へ出てお祝いの言葉を奏上し、その後に音楽とダンス――という流れなのでしばらくレオは呼ばれないはずだ。ちなみにセレスとレオの親族は、すでに国王夫妻のかたわらにいる。宰相のラヴォー公爵と補佐官のマティアス、そして王妃の親であるヴァリエ侯爵だから。
「――すまない。人員を移動したことで宮殿内の配置がどうなったかだけ確認しておきたい」
「どうぞ行っていらっしゃいませ」
レオは大またにカツカツと出ていく。そんな仕事熱心で凛々しい姿にも、セレスは見とれてしまうのだった。
(ああそうだわ、これからレオさまと踊るのね。レオさまはダンスがお上手だとダニエルもアネットも言っていたけど……緊張しちゃう)
結局いちども稽古などできなかった。レオに手をとられ、背を支えられるなんて考えただけでドキドキする。うまくステップが踏めるだろうか。