捨てられ仮面令嬢の純真


「まあお姉さま、しばらくぶりですわ」
「セレスティーヌ、相変わらず仮面姿なのだな」

 貴族たちの最後に御前に出たセレスたちを、国王夫妻は(きざはし)の上から見おろした。
 高いところに(しつら)えられた玉座に並ぶかつての婚約者と、それを略奪した妹。そんな国王夫妻に対してもセレスは完璧なお辞儀をする。隣のレオがよく通る声で祝いの言葉を述べた。

「ご即位とご成婚、まことにおめでたく存じます。新しい王のもと、この国に弥栄(いやさか)がありますよう」
「うむ、男爵も励むがいい」
「は。ところで陛下、ひとつお願いが」

 通り一遍の挨拶に続きレオが口にした言葉にリュシアンは不愉快そうにした。祝いの席でお願いとは。だがここで怒鳴り散らすわけにもいかなかった。そんなことをすれば狭量のそしりをまぬかれない。

「……なんだ」
「おそれながら。セレスティーヌはすでに我が妻でありますので、名を呼びつけるのはおやめいただきたく」

 淡々とレオが申し出るとリュシアンはサッと顔を赤くした。そのななめ後ろでマティアスがニヤリとする。
 レオの言い分はまったく正しくて、リュシアンが「セレスティーヌ」と婚約者時代のまま呼んだのは非常に無作法だった。夫であるレオが怒るのは当然の権利。
 しかしその抗議は、婚約者を捨てた過去をさらして非難する意味にもなりかねない。こんな席で、とセレスは夫を見上げた。だがレオは舌鋒をゆるめなかった。

「長い年月を並び過ごしたのは承知しております。しかしその関係は解消されているはず。陛下に向かって不義を問う手袋を投げるわけには参りませんので、誤解を招くお言葉は避けるようお願い申し上げます」
「……そうだな」

 リュシアンは渋々うなずいた。だが謝りはしない。脅迫に屈したようで悔しかったのだ。密通の相手として決闘を申し込まれたら、リュシアンがレオに敵うわけないのはここにいる誰にも明白だった。

「では、〈男爵夫人〉。これでよかろう?」

 憎々しげにリュシアンは吐き捨てる。そういうところだぞ、と後ろに控えるマティアスはため息をついた。臣下で従兄で女の尻ぬぐいを押しつけた男にその態度は、王としてどうなのか。
 リュシアンはセレスとレオに下がれと合図すると立ち上がった。ミレイユも続く。
 
「皆、存分に楽しんでくれ!」

 人々に声を張ったリュシアンが楽団にサッと手をあげると音楽が始まった。最初はワルツ。
 リュシアンはミレイユの手を取りフロアに歩みおりる。そしてセレスの前を通りしなに小声で嗤った。

「――王妃になりそこねた男爵夫人も踊るがいい」

 セレスの体が強ばった。


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