捨てられ仮面令嬢の純真

 ゆっくりと優雅をよそおいセレスは廊下を進む。すると馬車寄せの手前でもうレオが戻ってきた。なんて足が速いのだろう。

「まもなくです」
「ご親切にありがとうございます」
「いえ」

 レオの言葉は短く、そっけない。だがリュシアンよりよっぽど優しく聞こえた。それが悲しくてセレスは力のない微笑みを浮かべる。

「……どうしました」

 仮面越しなのに、セレスはよほど情けない顔をしていたのかもしれない。レオの焦げ茶の瞳が案じていた。

「いえ――」

 言えない。王太子がセレスのことをうとんでいるだなんて。
 そしてセレスも――リュシアンのことを愛おしく思えずにいるのだなどと、口が裂けても言ってはならないのだった。

「ああ、来ましたね」

 ヴァリエ侯爵家の紋章をつけた馬車が見えて、セレスは外に出た。さりげなくエスコートしてくれるレオに軽く礼をする。

「お送りくださってありがとうございます」
「お気をつけて」

 馬車に乗り込み帰っていくセレスと、見送るレオ。そして――。
 紳士だったレオのまなざしが狂おしく変わった。

「セレスティーヌ……」

 つぶやくのはセレスの名。
 それは親しい仲でなければ呼んではならないものだ。だから本人の前で呼ぶことはない。
 ――たぶん、一生。


< 7 / 144 >

この作品をシェア

pagetop