捨てられ仮面令嬢の純真

 あっさりめのドレスと短いマントをまとったセレス。きちんとしているがきらびやかではない上着姿のレオ。ちょっと上流の夫婦ぐらいに見える出で立ちにした二人は、歩いて館を出た。
 この館は貴族たちが住まう地区の端にある。少し行けば商会が建ち並ぶあたりに入るし、庶民がつどう広場まで散歩するのも悪くはなかった。セレスが疲れてしまったら馬車を頼めばいい。
 歩きながら、セレスは控えめにキョロキョロしていた。何を見ても珍しい。

「商会というのは、そこに品物を積んでいるわけではありませんのね……」
「そうだな。取り引きの中身を決めて書類を作るのがここで、倉庫は別にある」

 船荷で動かすのが楽なので、倉庫は川岸にずらりと並んでいる。以前火事になったのはその一角だ。

「そこから少しずつ荷車で街に運ぶ。だが人々が食べる肉や野菜は、その日に近くの村から売りにくる物も多いな。そういうのを売っているのが――この市場だ」
「まあ、にぎやか!」

 セレスが連れてこられたのは、支柱と布で簡単なテントを張った店がひしめく大きな広場だった。
 うず高く積まれた果物や野菜、ハーブ。それにパン。素朴な草木染めの布や、木でできたおもちゃなどもあるのは農家の者が副業で作った物だ。生肉や魚の店が隅の方に固まっているのは、匂いや衛生管理の面でそうしてあるのだという。

「……きちんと考えられているのですね」
「それはまあ、ここに街ができて長いからな。皆で作り上げてきたやり方があるんだ」

 レオの腕に手を添えて、セレスは広場を探検した。
 大きな声で客を呼ぶ笑顔。値切られて渋い顔の店主。何かをねだって親の服を引っぱる子。生き生きとした生活がそこにあった。

(……館の皆が話していたのはこういうことなのね)

 人が暮らすとはなんなのか初めてわかった気がした。これすらもほんの一場面にすぎないのだが、何も知らないよりはましだ。
 下手をするとこんなこともわからないまま王妃になっていたのかと思うと恥ずかしさにふるえてしまう――今の国王夫妻は市場など見たことがないだろうけれど。
 セレスはとても真剣に視察してしまった。だがレオはセレスを楽しませたいのだ。だからささやいてみる。

「さあセレスティーヌ、何か食べてみないか?」

 いたずらな夫のまなざしに、セレスはきょとんとなった。


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