捨てられ仮面令嬢の純真
ひとつのサンドイッチをかじって分け合うという冒険をクリアしたセレスは次に、市場の隅で花を買ってもらった。ささやかな、素朴な花束だ。
「セレスティーヌがくれたサシェのお返しだ」
レオは照れくさそうにする。
忙しい夫を案じてセレスがポプリを贈った頃はまだ、互いの好意もあやふやだった。だが今の二人にそんな心配はない。最初の夜からこっち、レオの寝台は使われずに置物と化している。
セレスを壊してしまうのでは、とレオが心配したのは杞憂だった。セレスが苦しくないか疲れていないかレオはいつも気になっている。
レオは妻を歓ばせたいのだ。レオに体も心も預けてくれていると感じるのが至福なのであり、自分の快楽を追求してはいない。何もせず、ただセレスが隣に眠っているだけでも満足だった。
レオが花を買ったのは年端もいかない少女から。可憐な花を売っているのに、まったく楽しくなさそうな無表情だった。
胸が痛んだセレスが「お仕事ご苦労さま」と頭をなでたら、少女はビクッと怪訝な目をした。子どもが働くなんて当たり前のことだ。
小さな花束を手に、セレスは路地へ足を踏み入れる。頭の上には紐が渡され洗濯物がはためいていた。見上げて目を丸くするセレスに、レオは苦笑いした。
「ここはまだマシな道だ。石が敷いてあるからな。土の道は雨でぬかるみ、乾けば埃がたつ」
「それは都の中でも、ですか?」
「ああ。敷石は遠くから切り出してきた物だ。だからなのか、いつの間にか剥がされて無くなることも珍しくない」
そして石泥棒がまかり通るような地区へ、その後の補修は入らないのだ。
セレスは暗澹となり唇をかんだ。
ここは王都なのに。王宮の足もとでそんなことが起こっていたのか。
「人々は……貧しいのですか」
キリ、とセレスは頭を上げた。悲しみをたたえた翠の瞳で下町を見渡す。
「貴族の――王の義務とはなんなのでしょう」
セレスは王妃として生きるべく学んでいた。その道は絶たれたが、セレスの中に帝王学は生きている。国を憂うセレスのまなざしに打たれ、レオは心を引き締めた。
レオの妻となったセレス――だがささやかに暮らす今もなお、王妃の気概を捨ててはいなかった。