捨てられ仮面令嬢の純真

「……難しいものね」

 セレスは少し歩いてから立ち止まった。そのつぶやきは返事を求めてのものではないとわかり、ダニエルもコラリーも黙っている。

 制度としての孤児院で、ひとまず命をつなぐ子は多いのだ。運営する彼らが特に悪徳というわけでもないのだろう。
 だがあそこでは、一人ひとりの人生を背負うことはできない。はい上がるには各人の才覚が必要で、そうなれるのは一握りの幸運な子どもだけだ。

(私には、何ができる……?)

 セレスにはなんの力もない。王妃でもなく、ただレオに愛されているだけの男爵夫人には。
 だけどセレスは「何もできない」と考えたくなかった。できることはある。きっと。

「――帰りましょうか」

 顔を上げ、待たせている二人にセレスは気丈な笑みを見せた。でも強がりだとバレているようでコラリーがおどけてくれる。

「え? 奥さま、お散歩しましょうよ」
「あらだめよ。ダニエルには他の仕事もあるわ。これ以上時間を取らせるわけには」

 するとダニエルは大真面目に一礼した。

「奥さまより大事なものはございませんッ……そうレオさまならお命じになるでしょうな」

 二人の気づかいが嬉しい。落ち込んだまま帰ったら、むしろレオが心配すると思い直したセレスは少しだけ街をめぐることにした。


「コラリーの実家はどのあたり? 近いのかしら」
「いいえ、ここいらは大きな商会ばかりですもん。うちは布を扱っているんですけど、高級品じゃないんです」
「でも、ドレスを縫ってくれたのに」
「あれはお芝居の衣装で勉強したんですよ。劇場もいいお客さまでした。楽しかったなあ」
「お芝居!」

 そうだ、最初にレオから街へ誘われた時には劇場も選択肢に入っていた。芝居は貴族から庶民にまで人気の娯楽なのだ。
 でもセレスは劇場に行ったことがない。王宮に劇団を招き上演したのなら観たことがあるが。

「……奥さま、本当にお姫さま育ちなんですねぇ」

 あんぐりと口を開けたコラリーは、「でも」と笑った。

「おっとりしてて、なんでも面白がってくださる奥さまにお仕えできた私は運がいいです!」

 言い切ったコラリーは、劇場のあるあたりへ案内してくれた。



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