捨てられ仮面令嬢の純真

 そこにドドドッと階段を駆け上がる音がした。驚いて顔を上げると、窓の外がもう暗い。

「セレスティーヌ!」

 ドアを壊しそうなぐらい乱暴に開け、駆け込んできたのはレオだった。

「レオさま、お帰りでしたのね。私気づかなくて」
「誤解なんだ! 劇場にいた女性は、あれは!」

 レオは必死だった。セレスの肩をつかみ顔をのぞき込む。妻に嫌われたら死んでしまう。

 ――帰宅してもセレスが姿を見せず、「具合が悪いのか」と心配した。するとダニエルから返ってきたのは白い目。たじろいだレオにダニエルは、昼間に浮気現場を目撃したと証言したのだ。

 しどろもどろにレオは言い訳する。あれは決して浮気などではない。

「彼女は……その……化粧師で、だな」
「化粧?」
「芝居用に役者の顔を塗ったり描いたり……」

 それは事実だった。あれは劇場で化粧を担当している女性。

「実は……化粧で隠すことはできるのか訊きに行ったんだ……セレスティーヌの傷跡を」

 セレスは目を見開いた。では、彼女がレオの頬にふれていたのは――。

 レオは考えたのだ。
 セレスはみずからを「仮面の下に隠れている」と表現した。卑下する言い方なのは、それではいけないと感じているから。

「彼女はあばたの顔もツルリと仕上げると評判らしい。もしそれでセレスティーヌが自信を取り戻すならと相談に……」

 レオは口ごもった。本人に内緒でそんなこと、余計なお世話だ。いちおうセレスのためを思っての行動だが、つまり「セレスの素顔が見たい」というレオの願いが大もとにある。そのせいでセレスを傷つけたなんて――。
 我がままだった、とレオはしょんぼりした。セレスの肩から手が落ちる。
 するとセレスはポスンと夫の胸に顔を埋めた。背に手を回し、抱きつく。

「レオさま……」
「セレ、セレスティーヌ?」

 セレスが自分からこんなふうにしたことはない。妻の仕草にうろたえたレオは、抱き返していいものやら手をウロウロさせた。

「ありがとうございます。私――レオさまのこと大好きですわ」

 愛している、と言うのは気恥ずかしかったが、セレスは精いっぱいの気持ちを言葉にした。


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