からかわないでよ、千景くん。



「なずな?」



扉の方から、聞き慣れた声。
目を開けると、そこには——千景くん。

驚いた顔で、私を見ている。



「ち、千景くんっ…」



その顔を見た瞬間、さっきよりも大粒の涙が溢れた。

怖かった。苦しかった。でも、千景くんが来てくれた。



「なにしてんの?意味分かんないんだけど」



千景くんの顔が、怒りで強張る。
いつもの意地悪な笑顔じゃない。本気で怒ってる。


近づいてきた千景くんが、私のあごを掴む手を—— パシッと、強く振り払った。

千景くんの目が、鋭く光る。



「えーっと…なんで千景がここにいんの?」



その声に、背筋が凍る。
さっきまでの恐怖が、またじわじわと蘇ってくる。

私は、千景くんの後ろにサッと隠れた。
何も言わなくても、千景くんは私の手をぎゅっと握り締めてくれる。
その手の温度に、ホッとする。

あぁ、やっぱり千景くんだ。この手だけは、信じられる。



「片付け終わったなら帰ってくれる?」



千景くんの声は、低くて冷たい。
普段の柔らかさなんて、どこにもない。怒ってる。本気で。

でも、私の手を握る力は、優しかった。


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