からかわないでよ、千景くん。
「千景くん…ごめんね」
志緒ちゃんの話、ちゃんと聞いておくんだった。
あのとき、軽く流さずに、ちゃんと受け止めていれば—— こんな怖い思い、しなくて済んだかもしれない。
「なずな、何もされてない?」
振り向いた千景くんの顔は、怒ってるというより——悲しそうだった。
眉がさがって、目が揺れてる。
その顔を見た瞬間、また涙がこぼれた。
「なんかされた?」
千景くんが、私の涙をそっと袖で拭ってくれる。その仕草が優しくて、胸がきゅっとなる。
「千景くん…ぎゅーして」
震える声でそう言うと、千景くんは何も言わずに、黙って抱きしめてくれた。
強くもなく、弱くもなく。
さっきの人とは、全然違う。
触れられた瞬間に、心が叫んだ。
いやだった。凄く嫌だったの、千景くん。
千景くんじゃない人に手を握られて、千景くんじゃない声で名前を呼ばれて、怖かった。
本当に、怖かった。
「う~っ…」
涙が止まらない。でも、千景くんの腕の中なら、泣いてもいいって思える。
「ごめんね、遅くなって」
抱きしめながら、頭を撫でてくれる。