からかわないでよ、千景くん。
「先生に適当に言ってカバンとってくるから、更衣室で着替えておいで」
千景くんの声は、いつも通り優しくて。その言葉に、私はコクンと頷いた。
更衣室まで、千景くんが黙って付き添ってくれる。
その沈黙が、逆に安心だった。
何も言わなくても、そばにいてくれるだけで、心が少しずつ落ち着いていく。
着替えながら、ふと自分の手を見た。震えてる。
さっきの感触が、まだ残ってる。
やだ。 この感触。
頭から離れない。怖い。
制服の袖を通すたびに、あの手が重なった瞬間を思い出す。
声。匂い。距離。
全部、いやだった。
怖い。
また誰かが来たらどうしよう。
「ち、千景くん…いる?」
震える声で、扉越しに呼びかける。
「大丈夫。いるよ」
すぐに返ってきた、千景くんの声。
その一言で、胸の奥がふっと軽くなる。
あぁ、本当にいるんだ。
ちゃんと、そばにいてくれてる。
制服に着替えて、そっと扉を開けると—— 千景くんが、私のバッグを抱えて立っていた。